ジビエ給食の先進地 大分県中津市を訪ねる 「高タンパクで低カロリー。これは山の資源だ」

AI要約

中津市にある食肉工房「ちょろく」が地域の食材を使った料亭を営む。特にジビエ(野生鳥獣の肉)の提供に力を入れており、学校給食用にもジビエを提供している。

地元の猟師や食肉業者と協力し、ジビエ給食の導入を推進。市内の小中学校でジビエ給食が始まり、周辺自治体にも広がっている。

地元の小学校では、鹿肉を使用した料理が提供され、生徒たちからも好評。地域の伝統や福沢諭吉の精神が校食にも反映されている。

ジビエ給食の先進地 大分県中津市を訪ねる 「高タンパクで低カロリー。これは山の資源だ」

 刃渡り10センチのナイフを皮膚と肉の間に差し入れ、毛皮を剥ぐ。腹を縦に割き、ぬくもりが残る内臓を取り出すと、命の残照のような湯気が立ち昇った。

 大分県中津市耶馬渓地区にある食肉工房「ちょろく(猪鹿)」。地域の食材を使った料亭を営む大江龍馬さん(72)と、工房で働く吉森尊史さん(56)が、わなにかかった鹿を1時間半で枝肉にした。ちょろくは、学校給食用にジビエ(野生鳥獣の肉)を提供する、大江さんが建てた危害分析重要管理点(HACCP)認定施設。ここから大分はジビエ給食の国内先進地へと発展した──。

 深刻化する農業被害を防ぐため、野生鳥獣の捕獲も担う大江さんが市役所を訪れたのは2013年春だった。「売り先がないけん、猟師たちは殺して山に捨てる。山は汚れ、命も無駄になる。一定量の需要がある給食にジビエが出せれば」。大江さんは思いを語った。

 担当者や栄養教諭は驚き、判断をためらった。PTAの保護者らも「臭くないですか?」「安全は?」と不安を口にした。大江さんは言った。「ちゃんとした方法で処理すればおいしいですよ」

 大江さんは試食会を重ねた。猟師や食肉業者でつくる大分狩猟肉文化振興協議会も設立、普及に努めた。試食会に訪れた当時の市長(80)が「高タンパクで低カロリー。これは山の資源だ」と語り、給食に採用された。

 同年秋以降、市教育委員会が全小中学校でジビエ給食を始めると、鳥獣被害に悩む周辺自治体にも広がった。県は18年、ジビエ給食を推進する補助制度を新設。県内小中学校の半数にまで増えた。

 4月下旬、中津市の南部小学校で「ナスと鹿肉のチリビーンズ」が出た。厳しい自然の中で生きる鹿は脂肪分が少ない。栄養教諭は豚ひき肉を混ぜて食べやすくした。6年の末廣敬斗さん(11)は「家でもジビエ料理を食べたい。スーパーで鹿肉が買えればなあ」。

 中津は福沢諭吉の故郷。「空想はすなわち実行の原案」の精神が受け継がれ、学校給食にも生かされている。(栗田慎一、撮影=鴻田寛之)