認知症を疑われた79歳「天才研究者」に「100引く7はいくつですか?」なんて問えない…74歳妻が患った「意外な病気」と、最期に起きた「幸せな出来事」

AI要約

元物理研究者の博之さんが引きこもり生活を送り、認知症を疑われるが、高度な数式を書き始める姿が異常な状況を作り出す。

医師は数式を解析し、認知症検査を拒否する博之さんを理解する。その過去と妻との馴れ初めが明らかになる。

博之さんの異常な行動に関する真相が次第に明らかになり、妻の心情や様々な出来事が浮かび上がる。

認知症を疑われた79歳「天才研究者」に「100引く7はいくつですか?」なんて問えない…74歳妻が患った「意外な病気」と、最期に起きた「幸せな出来事」

浅田博之さん(仮名・79歳)は元物理関連の優秀な研究者だったが、極度に人付き合いが苦手だった。現役引退後は家に引きこもるようになり、妻・美奈子さん(74歳・仮名)の作る食事にほとんど手を付けず、風呂を嫌がり、髪や髭も伸び放題だった。

認知症を疑った妻は、夫をうまく認知症外来に連れて行き、検査を試みたが、夫が怒って診察室を出てしまい失敗。それで私に連絡してきた。

彼が引きこもる部屋を覗くと、椅子に座って寝ていた博之さんが「かっ」と目を開いて一心不乱に数式を書き始める。その姿は不気味であり、神々しくもあった。

「後期高齢者になった「天才研究者」が書斎にひきこもり、認知症テストを拒否…「変な死に方をされたら困る」と怯える74歳妻と、看取り医がみた「異常行動」」より続きます。

博之さんは認知症なのか否か――。

判断する前に確認しておきたいものがあった。持ち帰った紙に書かれた数式の内容だ。落書きなのか、本物なのか、私の頭ではまったくわからなかったからだ。

パソコンを使って流行りの人工知能に数式を読み込ませてみると、数分かからず「ロジスティック成長モデル」やら「ロンドン」やら「マクスウェル方程式」などのキーワードが解説に出てきた。数式があっているのか間違っているのかはわからないが、少なくとも高度に意味のあるものが書かれているのだけは間違いなさそうである。

「そりゃ認知症検査を嫌がるわけだ…」

誰もいない事務所で、ついついひとり言を呟いた。認知症の検査では、認知機能の障害の有無を調べるために年齢や曜日、いまいる場所を聞いたり、簡単な引き算の正解を導いてもらう必要がある。

しかしここまで高度な計算をしている人に「100引く7はいくつですか?」と問うこと自体、禁忌と思える。

2度目の訪問--。

「おふたりはどういう経緯で出会い、結婚したのですか?」

妻・美奈子さんに2人の馴れ初めを聞こうとしたら、「先生は変なことを聞きますね」と言いながらも、楽しそうに話してくれた。

「私は18歳のときに田舎から出てきて、短大卒業後は事務員をしていたんですけど、学生時代からずっと日吉(横浜市)に住んでいた叔母の家に居候していたんです。叔母は夫を亡くして喫茶店を一人で切り盛りしていたので、私も休日は朝からよく手伝っていたんですよね。

その喫茶店に毎週、日曜日の午後3時に現れて、決まった席に座るお客がいましてね。いつも決まった服装で現れて、玉子サンドとブレンドコーヒーを飲みながら、物理の本を読みつつ、紙に何か書きはじめるんです。その客は閉店間際の夕方6時前になると会計をして無言で帰っていくのですが、それが夫です」

叔母とよく「玉子サンドばかり食べて、よく飽きないものだ」と話していたというが、

「その頃、東京・お茶の水の喫茶店で、“ライスカレー”が流行っているという噂話を聞きました。叔母が『うちの店でも始めたい』と言ったので、私が偵察に行きましてね、試行錯誤をはじめたのです。

それで味に自信がついたところで、馴染みの客に試食をしてもらっていたのですが、そのときに『そうだ! あの玉子サンドしか食べない男にも食べてもらおう』と思いつき提供してみたら、翌週からはカレーしか注文しなくなりました。やることが極端でしょう(笑)」

ある日、博之さんから電話番号を書いた紙を渡されて、男女交際を始めることになったという。聞けばT大の院生で、しばらくして田舎の両親には内緒で同棲をはじめたそうだ。

「食生活が壊滅的で、まともな栄養を摂って欲しいと思って、いろいろと作ってみたのですけどね。結局、カレーしか食べてくれませんでしたね。あの頃から少し変人だとは思っていたけど、根は誠実でまじめな人で、やさしい面も見せてくれたので結婚したのです。でも結婚後は…」

そこに突然、夫が現れた――。