九州豪雨で被災し廃業も覚悟、伝統のしょうゆが奇跡の復活…現場からもろみの酵母菌を抽出

AI要約

2020年7月の九州豪雨で被災した熊本県人吉市鍛冶屋町の「釜田醸造所」が、浸水被害を受けたもろみから抽出した酵母を使って、しょうゆ造りを再開した。

もろみを使った酵母や乳酸菌の特定に苦労し、約200種類の酵母と約100種類の乳酸菌を成功させた。

浸水被害を克服し、伝統のしょうゆ造りを継続するため、多くの方々からの支援を受けた釜田醸造所。

熊本県産業技術センターの協力で、菌の救出が試みられ、難しい作業の末、特定の酵母と乳酸菌を発見することに成功する。

被災したしょうゆ蔵は一時は廃業も覚悟した状況にあったが、菌の救出や新たな酵母の発見によって、しょうゆ造りを再開し、伝統を守ることができた。

 2020年7月の九州豪雨で被災した熊本県人吉市鍛冶屋町の「釜田醸造所」が、浸水被害を受けたもろみから抽出した酵母を使って、しょうゆ造りを再開した。「マルカマ醤油(しょうゆ)」で知られる1931年創業の老舗。一時は廃業を覚悟したという3代目社長の釜田顕(あきら)さん(57)は「多くの方々の支援で、伝統のしょうゆを守ることができた」と感謝する。(有馬友則)

 豪雨後に新調した深さ約2メートルのタンクが並ぶしょうゆ蔵。従業員が大きな棒でタンクの中のもろみをかき回すと、甘い香りが漂った。「麹(こうじ)菌や酵母に気持ちよく活動してもらう大切な作業なんです」と釜田さんが教えてくれた。

 もろみは大豆、小麦、麹菌でつくる麹に塩水を加えたもので、これに酵母や乳酸菌が作用することで発酵・熟成。専用の機械で圧搾すると、生しょうゆができる。

 しょうゆ造りの過程では、専用メーカーから仕入れた酵母を添加する業者も多いが、釜田醸造所では蔵にすみついた酵母や乳酸菌が発酵・熟成に自然と作用することで、独特の味わいや香りを生み出していた。

 九州豪雨では、しょうゆ蔵は約1メートル浸水。巨大な冷蔵庫やタンクも転倒し、配達前だった商品も泥まみれになった。惨状を前に「もう造れない」と立ち尽くす釜田さんに支援を申し出たのが、熊本県産業技術センター(熊本市)だった。

 同センター食品加工技術室の佐藤崇雄さん(45)は「浸水被害を知り、何か力になりたかった。ただ、蔵にすむ菌が生き残るのは難しく、絶望的だと思った」と4年前を振り返る。

 もろみからなら、菌を救出できるかもしれない――。

 豪雨から約1週間後に蔵を訪れると、もろみが入っていた升にも泥水が流れ込み、表面は泥に覆われていた。それでも底の方には酵母が生き残っている可能性に懸け、慎重に泥を取り除いた。

 佐藤さんらは、回収したもろみから微少な菌を抽出。雑菌を取り除き、シャーレなどで培養して遺伝子を調べる検査を繰り返した。3年をかけて、高い塩分濃度でも活動でき、発酵する特徴を持ったしょうゆ造りに適した酵母約200種類と乳酸菌約100種類の特定に成功。佐藤さんは「目に見えない菌を選別するため、数万回の検査を繰り返した」と語る。