夏休みによく話題になる「子どもの体験格差」、その拡大を防ぐ「経済支援」という方法

AI要約

低所得家庭の子どもたちには体験格差があり、格差の原因と解消策について探る

経済的な支援には個人補助が重要であり、子ども自身が体験を選べる環境を作るべき

民間団体や行政が直接的に経済支援を行い、子どもたちの体験の機会を広げる取り組みが進んでいる

夏休みによく話題になる「子どもの体験格差」、その拡大を防ぐ「経済支援」という方法

習い事や家族旅行は贅沢?子どもたちから何が奪われているのか?

低所得家庭の子どもの約3人に1人が「体験ゼロ」、人気の水泳と音楽で生じる格差、近所のお祭りにすら格差がある……いまの日本社会にはどのような「体験格差」の現実があり、解消するために何ができるのか。

発売即5刷が決まった話題書『体験格差』では、日本初の全国調査からこの社会で連鎖する「もうひとつの貧困」の実態に迫る。

*本記事は今井悠介『体験格差』から抜粋・再編集したものです。

これまでたびたび確認してきた通り、子どもの体験格差の核心には家庭間、保護者間の経済的な格差がある。そのため、低所得家庭の収入が上昇し、経済的な格差が縮まれば、子どもの体験格差にも影響があるだろう。

そのうえで、子どもの「体験」に焦点を絞った経済的な支援には、大きく二つの方向性が考えられる。「子ども」(=個人)に対して直接的に支援するか、「担い手」(=事業者)に補助をすることで間接的に子どもを支援するかだ。いずれも大切な支援策だが、私としては、前者の個人補助をより拡充していくべきだと考えている。

例えば行政が一定の基準で選んだ団体やプログラムに補助をする場合、それを通じて低所得家庭の子どもが利用できる「体験」の場は増えるだろう。それは良いことだ。

しかし、補助の対象にならない「体験」の場については何も変わらない。依然として、保護者が自腹を切って子どもを通わせるか、あきらめるかを選ぶしかない。「担い手」への補助を通じた間接的な経済支援で広がる選択肢は、限定されたものにならざるを得ない。

反対に、「子ども」(実質的には保護者)に対して直接的に補助をすれば、子ども自身が自分のやってみたい「体験」の場を選ぶことができる。習い事の月謝やプログラムの参加費などに柔軟に利用できる。

問題の本質は、子どもが参加する「体験」を誰が選ぶかにある。低所得家庭の子どもにはこんな「体験」が良いはずだと「社会」の側が決めてしまうのか。それとも、「子ども」自身がやってみたいことを見つけていくのか。

東北の被災地で私たちの支援を受け、地域の打楽器教室を選んで小学校5年生から高校卒業まで通い続けたある女性は、高校1年生の頃に次のように語っていた。

5年間、打楽器を続けたことは、私の心の拠り所になったと思います。嫌なことがあっても、演奏に夢中になると、心が解放されて、またがんばろうという気持ちになれました。特にマリンバが大好きで、自分の気持ちを表現できる楽器だなあと思っています。これからも技術を磨き、更に色んな素敵な曲を演奏できるようになりたいです。

最近では、「体験」に関わる各分野の非営利団体などの中からも、寄付金や民間の助成金を原資に、子どもに対して直接的に経済支援を行うケースが出てきている。

認定NPO法人 love.fútbol Japan は、経済的困難を抱える子どもたちがサッカーを楽しめるよう年間約5万円の奨励金を提供し、サッカー用具の寄贈等も行っている。一般社団法人日本アウトドアネットワークでは、ひとり親家庭の子どもに対して、自然体験プログラムへの参加費の一部を支援する制度を開始した。

私たちチャンス・フォー・チルドレンでも、低所得家庭の子どもたちが「体験」に利用できる奨学金(クーポン)の提供を2022年に開始した。クーポンを受け取ることが決まった子どもたちは、地域にあるいくつかの「体験」を試しながら、自分に合った「体験」を選び始めている。

今後は、民間資金だけに頼らず、国や自治体の政策として「体験」の費用を補助していくかの議論が必要になる。

例えば、すべての小学生に対して月に5000円(年間6万円)を補助した場合、必要な予算は3600億円ほどになる。全体の1割強に及ぶ相対的貧困家庭の小学生に限ればおよそ400億円だ。国が実施する高等学校の授業料無償化施策(高等学校等就学支援金制度)の令和6年度予算が約4000億円であることを考えると、決して実現不可能な金額ではない。

実際に、行政による「体験」にかかる費用の支援は、自治体のレベルで少しずつ始まっている。

長野県長野市では、主に「体験」に利用できる電子クーポンを市内に住むすべての小中学生に提供する実証事業が始まった。チャンス・フォー・チルドレンも協働している。クーポンは地域のスポーツや文化芸術、アウトドアなど811のプログラム(2024年1月時点)で利用でき、選ぶのはあくまで「子ども」の側だ。なお、現金給付ではなくクーポンが採用されているのは、政策の目的に沿って、資金の使途を子どもの「体験」や学びに限定しているからだ。

本書の引用元『体験格差』では、「低所得家庭の子どもの約3人に1人が体験ゼロ」「人気の水泳と音楽で生じる格差」といったデータや10人の当事者インタビューなどから、体験格差の問題の構造を明かし、解消の打ち手を探る。