夏休みに拡大する「体験格差」…深刻な現実を前に何ができるだろうか

AI要約

体験格差が社会で拡大しており、低所得家庭の子どもたちにとって手の届きづらいものとなっている。

学習支援が優先されがちで、体験を重要視する必要性が指摘される。

子どもたち全員が体験の機会を享受できる支援が必要である。

夏休みに拡大する「体験格差」…深刻な現実を前に何ができるだろうか

習い事や家族旅行は贅沢?子どもたちから何が奪われているのか?

低所得家庭の子どもの約3人に1人が「体験ゼロ」、人気の水泳と音楽で生じる格差、近所のお祭りにすら格差がある……いまの日本社会にはどのような「体験格差」の現実があり、解消するために何ができるのか。

発売即5刷が決まった話題書『体験格差』では、日本初の全国調査からこの社会で連鎖する「もうひとつの貧困」の実態に迫る。

*本記事は今井悠介『体験格差』から抜粋・再編集したものです。

今、少なくない親たちが我が子の「体験」にお金を使っている。スポーツ、音楽、旅行、キャンプ。「体験」の重要性への認識が高まれば高まるほど、家庭の経済力の差が、子どもたちにとっての「体験」の格差に直結してしまう現実がある。

たまたま裕福な家庭に生まれた子どもが外国へのスタディツアーに参加しているとき、たまたま貧しい家庭に生まれた子どもが地域の比較的安価なスポーツ少年団への参加を断念している。

コロナ禍の影響でオンライン学習の基盤が充実し、同時に「体験」をオンラインで代替することの難しさが改めて広く認識されたことも大きい。具体的な場所、具体的な人との関わりを必要とする「体験」は、低所得家庭の子どもたちにとって、より手の届きづらいものになっていくかもしれない。

ここでは、今ある体験格差の拡大を防ぎ、この社会で暮らすすべての子どもたちに「体験」の機会を届ける方法を考えていこう。

体験格差を是正する方法を考えていく前の準備として、私自身としても反省を込めて振り返っておきたいことがある。それは、私たちチャンス・フォー・チルドレンが東日本大震災で被災した家庭や、新型コロナウイルスの影響が直撃した家庭の子どもたちなどに対して行ってきた教育支援のことだ。

私たちは主に寄付金を原資として「スタディクーポン」という学校外の学びの場で利用できるクーポンを被災家庭や低所得家庭の子どもたちに提供してきた。これまでの総額で13億円ほどになる。

このクーポンは学習塾でも使えるし、本書で対象としてきたような「体験」の場でも使えるという仕組みで、子どもたち自身が利用先を選べることが特徴だ。多様な子どもや保護者たちの希望に寄り添いながら、地域に数ある既存の学びの場につないでいくことを大切にしてきた。

重要なことは、これまでのクーポンの利用実績を振り返ると、9割以上がいわゆる狭い意味での「学習」を目的として利用されているということだ。つまり、学習塾、個別指導塾、家庭教師などでの利用がメインで、受験対策のニーズがやはり大きい。第一部でも紹介した通り、特に中学3年の時期には家庭が支出する学校外での平均的な学習費が大きくなるため、その負担への補填という意味合いで利用されてきた。逆に言えば、「体験」を目的として利用されたケースは全体の1割に満たない。

私自身、緊急支援を実施するのに精いっぱいだったこともあり、長年、この状況を見過ごしてきてしまったところがある。つまり、突然「貧困」の状態に陥った被災家庭や、元から不安定な所得だったところに新型コロナウイルスの影響で深刻な追い打ちを受けた家庭において、「学習」が「体験」に優先されがちだという傾向を知りながら、有効な対策を立ててこられなかった。東日本大震災で激しい地震を経験した親が、子どもの塾への支出などをむしろ増やしたとする研究もある。

今回実施した体験格差の全国調査では、直近の物価高騰が子どもの「学習」と「体験」の機会の増減に与えた影響を聞いたが、「減った」「今後減る可能性がある」という回答は、やはり「体験」のほうが大きくなっていた。家庭の経済的余裕が失われたとき、子どもの「学習」と「体験」ではどちらがより犠牲となりやすいか。この社会の中で、ある程度共有された優先順位がここでも垣間見える。

厳しい環境に生まれた子どもたちには、衣食住の支援も、学習の支援も、体験の支援も、すべて必要だ。保護者にそのどれかをやむなく選ばせてしまう(そして、子どもたちにそれ以外をあきらめさせてしまう)のではなく、すべての子どもたちにそのすべてが届く社会を目指していきたい。

そのためには、「体験」に独自の価値を認識する必要がある。それは、この日本社会で、子どもたちの「体験」を「贅沢品」ではなく、「必需品」であると真に捉え直していく試みでもあるのだろうと思う。一人ひとりの保護者の価値観を問題にするのではなく、社会全体としてのスタンスを変えていきたい。