米インフレを巡る「最後の1マイル」ドル高が続くワケ

AI要約

米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長がインフレ鈍化を認識しつつ、利下げは2%目標に近づいた時に検討されると述べた。

現在の3%前後のインフレ率はFRBの目標と異なるため、利下げが見送られる可能性が高い。

インフレ率の低下には困難が伴い、最後の1マイルにはさまざまな意見があるが、インフレの安定化は容易ではない。

米インフレを巡る「最後の1マイル」ドル高が続くワケ

 米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長は7月2日、インフレ(物価上昇)が鈍化しているとの認識を示しつつ、利下げを決める前に「2%に向かって持続的に低下するとのより強い確信が欲しい」と発言した。つまりインフレがFRBの目標とする2%になれば利下げの可能性が高まる。しかし今はその目前の3%前後のインフレ率で推移している。利下げまでの最後の1%、いわば「最後の1マイル」がまだ目の前に残っている限り、利下げは許容されず、為替市場ではドル高傾向が続くことになる。三井住友銀行チーフ・為替ストラテジストの鈴木浩史さんの分析です。【毎日新聞経済プレミア】

 ◇困難が伴う「最後の1マイル」

 この1年あまり米国インフレを巡って、3%から2%で安定的に推移する状態までの「最後の1マイル」が各所で論じられている。「最後の1マイル」は困難を伴うものであり、インフレが順調に、すなわち右肩下がりにはならないのではないか、とも考えられている。

 右肩下がりでインフレ率が下がっていくならば、FRBは利下げを進めていくことができる。逆に、インフレ率の下がり方が思ったように進展しなければ、その分利下げは遠のく。

 2023年12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、3回の利下げが見込まれていたわけだが、なかなか下がらないインフレに直面して、利下げ見通しの修正を余儀なくされたのは記憶に新しい。こうした状況は言うまでもなく、ドル円の見通しにも大きな影響を及ぼす。

 この「最後の1マイル」をどのように進むかという問題に加えて、最後の1マイルは道半ばでもよいのではないかといった意見はあろう。つまり、2%台後半のインフレであっても、インフレ率は下がってきているのだし、今後も緩やかにでもおそらくは下がるだろう。もしそうであれば利下げは可能だ、というものだ。今回はそれぞれについて指摘されていることを見ていこう。

 最後の1マイルはうまくいくのか、という問題意識は根強い。これについては国際通貨基金(IMF)でチーフエコノミストを務めたことのあるオリビエ・ブランシャール氏とFRB議長だったベン・バーナンキ氏の分析を筆頭に、多くの分析が発表されている。

 ブランシャール氏とバーナンキ氏は、足もとでは労働市場の逼迫(ひっぱく)から賃金上昇圧力が続いており、米国のインフレにとって押し上げ圧力となっているとの分析結果を示している。この見方に沿えばインフレの鈍化には雇用などが悪化していくことが必要となる。最後の1マイルを解消していく道筋は困難さを伴うことが想像される。

 アトランタ連邦準備銀行のエコノミストであるデービッド・ラパッチ氏は24年1月に、これまでのインフレ抑制と、最後の1マイルの間に大きな違いはなく、2%へのインフレ率の低下に追加的な引き締めは必要ないとしている。追加的な引き締めが必要ないだけであって、緩和を許容しているわけではないことには注意が必要だ。引き続き、粘り強く現在の金融政策が必要、という結論になる。

 一方、クリーブランド連邦準備銀行のエコノミストであるランダル・フェルブルージュ氏は24年5月に、最後のハーフマイルには数年かかるだろうとの悲観的な予測を示している。総じて言えることは、安定的な2%のインフレを達成するのは、現時点ではそう簡単ではなさそうだということだ。

 見方を変えよう。2%のインフレ目標は困難であっても、パンデミック後の高インフレに対して、当の米国の人々はどのように受け止めているだろうか。これについて、ハーバード大学のステファニー・スタンチェバ氏らが行った調査結果が興味深い。24年5月に、彼女らは調査結果を基に、次のような分析結果を示している。

 ◇なぜ人々はインフレが好きではないのか

 人々はインフレが好きではない。では、なぜ人々はインフレが好きではないのか。物価は単なる尺度ではなく、自らの生活に関係をしているものだ。そして、人々がインフレを嫌う理由を一つだけ挙げるとすれば、それは賃金が物価に追いつかず、インフレにより生活水準が低下していると考えているからだ。

 実際のマクロ統計を見ると、米国の賃金上昇率はパンデミック前には歴史的におよそ3%後半であり、インフレが2%で安定的に推移していれば、決して賃金が物価に追いつかないわけではない。ただ、人々がそう感じているという事実が重要だ、ということだ。

 これは金融政策上もいくつかのインプリケーション(含意)を導く。しばしば見られるような、インフレ目標を2%から3~4%に引き上げることは、経済学者が想定するよりも、人々にとって苦痛を伴うものであることを示唆する。また、現下の3%前後のインフレ率は依然人々にとって許容可能なものではなく、世論もインフレを引き下げる政策を支持することが想像される。

 人々はインフレが好きではない。これは最後の1マイルを巡る議論の出発点であり、終着点であろう。インフレが3%にあり、最後の1マイルがまだ目の前に残っている限り、利下げは許容されず、為替市場ではドル高傾向が続くことになるだろう。