世界が注目「ポストバイオティクス」 プロバイオ、プレバイオに次ぐ第3の領域

AI要約

殺菌乳酸菌は、健康食品やサプリメントだけでなく一般食品や中食・外食産業でも広く利用される食品素材として定着しており、プロバイオティクス、プレバイオティクス、ポストバイオティクスという概念も注目されている。

殺菌体や代謝物の定義が明確化され、死菌体やその成分が含まれるポストバイオティクスに対する理解と認知が広まっており、海外でも大きな関心が寄せられている。

日本が独自に形成した殺菌体文化や代謝物研究の成果は今後も注目されるであろう。

 ハンドリングや加工特性の良さから、あらゆる食品に利用されるようになった殺菌乳酸菌。健康食品やサプリメントはもとより、一般食品や、中食・外食産業でも採用が広がるなど、手軽に健康価値を付与できる食品素材として定着している。昨今の乳酸菌ブームの功労者的素材だ。その殺菌菌体が現在、国内のみならず海外からも注目されるようになってきた。近年、腸内細菌研究が飛躍的に進んだことで、殺菌体による健康効果や、菌が代謝した代謝物にも有益な機能があることが知られるようになった。従来、世界的には生きた菌を摂取することで体に有益な効果をもたらす「Probiotics(プロバイオティクス)」が主流だったが、殺菌などにより不活化した微生物(死菌)やその成分を指す「Postbiotics(ポストバイオティクス)」に関心が寄せられるようになってきた。

■国際プロバイオティクス・プレバイオティクス科学協会が定義

 乳酸菌やビフィズス菌を語る上で、ついてまわるのが「プロバイオティクス」や「プレバイオティクス」といった定義。「プロバイオティクス」は、ヒト(宿主)に有益な作用をもたらす生きた細菌を指し、イギリスの微生物学者フラーが定義した。「宿主の腸内細菌叢のバランスを改善することにより、宿主に良い効果をもたらす生きた微生物を含む添加物」とされる。抗生物質(アンチバイオティクス)に対比する概念として、共生を意味するプロバイオシスに由来して名付けられた。

 「プレバイオティクス」は、プロバイオティクスの増殖を促進する物質を意味し、腸内フローラの中で宿主に有益な作用をもたらす有用菌にのみ選択的に利用される難消化性物質と定義される。イギリスの食品生物学者ギブソンらによって提唱された。「腸内の善玉菌が好んで食べる餌を摂取して元気になる」という考えだ。また、「プロバイオティクス」と「プレバイオティクス」を組み合わせたものが「シンバイオティクス」。双方の機能がより効果的に宿主の健康に有利に働くことを指す。

 一方で、加熱殺菌した乳酸菌や、乳酸菌が生産する代謝物などは、これらの定義だけでは説明が難しい。日本では、腸内細菌研究の第一人者とされる故光岡知足氏がこれらを総称し、「バイオジェニックス」と定義した。これは「腸内フローラを介さずに直接、免疫賦活、コレステロール低下作用、血圧降下作用、整腸作用などの生体調節・生体防御・疾病予防・回復・老化制御などに働く食品成分」としたもので、広義の意味では機能性素材全般に当てはまる。有用菌に限定していえば菌の状態(生き死に)は関係なく、腸内フローラのみならず免疫賦活作用などが相互に影響し、生理活性を高めることを指す。国内では長らくこうした定義のもと、殺菌菌体をはじめとした素材が独自に展開されていたが、残念ながら日本固有の概念に留まったといえなくもない。

 しかしここにきて、死菌体や代謝物が定義されるようになってきた。それが「Postbiotics(ポストバイオティクス)」だ。ここ10年近くにわたって論文などでポストバイオティクスという用語が使用されていたが、その使われ方には一貫性がなく、漠然としていた。しかし、2019年に国際プロバイオティクス・プレバイオティクス科学協会(ISAPP)が、ポストバイオティクスの定義と範囲を論文化。「宿主に健康上の利益をもたらす無生物微生物および/またはその成分の製剤」としている。つまりは加熱殺菌や溶菌などによる死菌と菌が産生した代謝物が含まれるということになる。

 ISAPPでは、「効果的なポストバイオティクスは、不活性化された微生物細胞または細胞成分を含んでいなければならない」とし、「代謝物の有無にかかわらず、観察された健康効果に寄与するものでなければならない」としている。

 こうした定義付けにより、現在ポストバイオティクスに対する理解度や認知度が広がりつつあり、特に海外ではプロバイオティクス、プレバイオティクスに次ぐ第3の領域として大きな関心が寄せられている。

■日本から世界へ、殺菌菌体や代謝物の広がりに期待

 殺菌乳酸菌はその名の通り、培養した乳酸菌やビフィズス菌などの有用菌を加熱殺菌処理によって加工した死菌体。殺菌によるメリットは、乳酸菌の品質を一定にすることで原料の安定化が図れるほか、菌を高密度化させることで少量の摂取で多くの菌数を摂取できる点。さらに、生菌と異なり胃酸の影響を受けにくいことも利点だ。製造における制約もほとんどなく、焼き物など熱を加える工程にも強い。また、製造現場においてもコンタミリスクを減らすこともでき、その取り回しの良さから健康食品や加工食品をはじめ、中食、外食産業でも広く使われるようになった。

 機能面では、培養時に菌体活性が最も活発になるタイミングで、殺菌処理を行うことで、その菌株が持つ機能性を余すことなく発揮させることができるのも殺菌原料ならでは。殺菌体の歴史は古く、乳酸菌研究の祖とされるロシアの微生物学者メチニコフの時代から、殺菌体を用いた研究は行われていたという。また、あまり知られてはいないが、『Yakult1000』のヒットで有名なヤクルトの独自乳酸菌、乳酸菌シロタ株を加熱殺菌した死菌製剤(LC-9018株)は医薬品としても認可されている。

 一方、代謝物については、乳酸や酢酸、プロピオン酸、酪酸、脂肪酸に加え、アミノ酸、ビタミン、ポリフェノールなどがある。日本では乳酸菌生産物質の名称で、古くから流通している。乳酸菌生産物質は有用菌を培養し、代謝された代謝物も丸ごと製剤化したもの。また、最近では機能性脂肪酸に着目し、研究を進めるケースも出てくるなど、注目の分野だ。世界的な健康意識の高まりを背景に、日本が独自に形成した殺菌体文化や、研究開発された代謝物に今後も注目が集まりそうだ。