ロシア領侵入、ウクライナ軍上層部が賭けに出た理由

AI要約

ウクライナがロシアに対し越境攻撃を行い、新たな局面が予告される。

ウクライナの行動には戦略的な思惑があり、欧米の支援も考慮されている。

ウクライナの大胆なギャンブルには今後の大きな変化が期待されている。

ロシア領侵入、ウクライナ軍上層部が賭けに出た理由

(CNN) ウクライナに必要なのは勝利であって、ギャンブルではなかった。

乏しい軍事資源をロシアへの越境攻撃に大量投入するというウクライナの決断(ニュースの見出しを狙ったものだが、これまでのところ戦略上の目的は不明だ)は、ウクライナにとって窮余の策とも、国民を鼓舞する動きとも取れる。おそらく、この戦争の新たな局面を予告しているのだろう。

ウクライナによるロシア侵入が何か目新しい現象だからではない。越境攻撃はここ1年あまり、ウクライナのために戦うロシア人によって主に行われてきた。彼らがウクライナの軍事支援を受けているのは明らかだったが、正式な公の役割ではなかった。

今回の出来事が新しく感じられるのは、ウクライナの正規軍がロシアへ攻撃を仕掛けたからであり、ここ1年半の間、あまりに動きが遅く保守的との批判を受けていたウクライナ軍上層部が珍しく賭けに出たからだ。

ウクライナは6日、貴重な資源と新たな兵員を動員して、ロシア領の奥深くへ投入した。すぐに二つの効果が現れた。ロシアの失態とウクライナの前進を報じる見出し、そしてロシア軍は国境強化のために兵力を分散する必要があると説く見出しだ。ウクライナにとって不利なニュースが何週間も続き、ロシア軍がポクロフスクやスラビャンスクといったウクライナ軍の拠点へじりじり前進していることが報じられた後、今度はロシアが最も重要な前線、すなわち自国国境を強化する対応に迫られている。

ただ、ウクライナは7日の時点ではロシアのプーチン大統領の言う「重大な挑発」について何も述べていなかったが、ウクライナの一部の観測筋からは、今回のギャンブルが果たして賢明なのか公然と問う声が上がった。

ここにはより大きな戦略が絡んでいる可能性がある。ウクライナが少なくとも一部を制圧したスジャには国境地帯のロシアのガス施設が隣接しており、ロシアからウクライナ経由で欧州へ向かうガスの供給に重要な役割を果たしている。この取り決めは1月には終わると言われており、2022年の全面侵攻開始以降、ウクライナの怒りの種となってきたロシアの資金源を断つ狙いなのかもしれない。

とはいえ、今回の侵入のより大きな重要性が明らかになるまでは、ウクライナ軍トップのシルスキー司令官の戦略目標に大きな疑問符が残る。シルスキー氏の指揮下では最近、分断が露呈した。若い世代の部下から、ロシアが兵力で優位に立つ前線の消耗戦で甚大な死傷者を出すつもりなのかと問う声が上がったのだ。

これはソ連時代の考え方であり、シルスキー氏はこの時代の人だ。ただ、死亡したり手足を失ったりして帰国しているのは、力任せの根性論よりも巧妙さや知略を重んじる若い世代が多い。

ウクライナはかねて、ロシアの経済や戦争機構に長期的打撃を与えるため、(しばしば欧米の支援によるとみられる手段で)ロシアの国内インフラに狙いを定め、滑走路や海軍基地、石油施設を破壊してきた。だが、今回は様相が異なる。ウクライナの補給線がより圧迫され、目標追求が確実により難しくなる敵の領土内に、大規模な地上兵力を送り込んだのだ。

今回の侵入は欧米の兵器がようやく到着し、ウクライナの戦いに具体的な恩恵が現れ始めるタイミングで行われた。

F16戦闘機は前線に投入されて間もないが、今後数カ月でロシアの圧倒的な制空権を弱体化できる可能性がある。これにより、ウクライナの前線の兵士を襲う滑空弾は減り、ウクライナの都市部を恐怖に陥れるミサイルも減少するかもしれない。一部の証言によると、弾薬は依然としてウクライナの課題になっているが、最終的には間違いなく欧米の供与で不足が解消するだろう。

それでは、なぜ今このようなリスクの高い動きに出たのか。ゼレンスキー大統領にとって好都合な当座のニュースサイクルの先に目を向ければ、他の目的が見えてくる。この戦争で初めて、協議の観測が出ているのだ。ウクライナや支援国が開催する次回の和平会合には、ロシアも招待される可能性がある。交渉に賛成するウクライナ人は少数派だが、その割合はわずかに増えている。米国でのトランプ政権誕生の可能性もウクライナ政府に重くのしかかる。

米国のハリス副大統領はバイデン大統領と同様、ウクライナを巡り断固たる姿勢を貫くかもしれない。ただ、西側の外交政策が気まぐれで、簡単に息切れするものだということは覚えておくべきだろう。北大西洋条約機構(NATO)の根強いウクライナ支援は例外だ。戦争が4年目に向かう中、今後は終戦の仕方を問う声が強まるだろう。

ロシアから占領地を奪還する現実的な見通しがないままウクライナ軍が戦い、死んでいくことに、本当にメリットがあるのだろうか。ロシアは果たして、数百メートル前進するごとに数千人を失うような前進を無限に続け、自国の軍事力がウクライナの長距離攻撃によって徐々にむしばまれるのを望んでいるのだろうか。

交渉による解決の見通しが以前ほど遠くなくなる中、両国は協議の席に着く前に少しでも戦況を改善させようと、躍起になるとみられる。ウクライナによるクルスク州侵入の動機がそこにあるのか、単に敵の手薄な場所に損害を与えるためなのかは分からない。

ただ、ウクライナの限られた資源を投じた異例の大ギャンブルであることは間違いなく、今後さらに大きな変化が待ち受けているというウクライナ側の見方を告げている可能性もある。

本稿はCNNのニック・ペイトン・ウォルシュ記者の分析記事です。