【阪神】高橋遥人、苦悩の4年 原因不明の指の違和感、異例手術で8センチのプレート手首に

AI要約

左手の症状が投手生命を脅かし、4年間の苦難を乗り越えた阪神の高橋遥人投手。左手中指の不調から始まり、TJ手術や尺骨手術を経てようやく解決した。

4度の手術を乗り越え、商売道具になる手である左手の状態を改善。現在はプレートによる制限が残るものの、プレート除去手術で復活の可能性が見えてきた。

21年11月以来の1軍登板での勝利を挙げた高橋選手。前回の1軍勝利は、21年シーズンの最終登板だった。

【阪神】高橋遥人、苦悩の4年 原因不明の指の違和感、異例手術で8センチのプレート手首に

<阪神4-0広島>◇11日◇京セラドーム大阪

 阪神高橋遥人投手(28)を苦しめたのは、トミー・ジョン(TJ)手術を受けた左肘だけではなかった。20年に左手の中指に力が入らない原因不明の症状が現れ、精神的に追い詰められた。投手生命をかけて闘った「4年間」を解説する。

 すべての発端は4年前。20年の夏だった。投手の生命線とも言える左手中指に力が入らなくなった。

 翌21年は右脇腹痛でキャンプを離脱、左肘にも激痛が走った。同時に、中指の状態が悪化した。キャッチボールで大暴投を投げてしまうほど。原因が分からず、精神的に追い詰められた。無理してCSにも登板したが、心身ともにボロボロになった1年だった。

 22年4月のTJ手術のとき。肘を走る正中神経の剥離(はくり)術も一緒に受けた。指の動きに関わる神経で、野球選手は一般的に手をつけない場所。わらにもすがる思いだったが、中指は改善しなかった。

 次に疑われたのが前腕だった。長年、手首付近に違和感があった。調べてみると、尺骨が生まれつき余分に長いことが判明。尺骨が手根骨(手の付け根)にぶつかる「TFCC損傷」を起こしていた。当時、TJ手術でリハビリ中。「これが最後の機会」と尺骨を縮める手術を決断。左肩クリーニング手術と合わせて、計5時間におよんだ。

 尺骨を途中で切って数ミリ短縮。接合のために長さ8センチものプレートを添えて固定した。球界では異例という手術の結果、ついに難問が解決。中指の感覚が正常に戻っていた。

 肘、肘、肩、前腕。1年半の間に商売道具に4度もメスが入った。あらゆる痛みや苦しみを乗り越えて、やっと視界が開けた。現状、プレートで手首の可動域が制限され、リリースの押し込みが弱い。今の悩みはほぼそれだけ。プレート除去手術はオフの間にできる軽いもの。手首に埋まるプレートを外した時、復活劇の第2章が始まるはずだ。【柏原誠】

 ◆阪神投手のブランク勝利 球団最長は遠山奨志の3507日ぶり。89年10月14日広島戦で同年最後の勝利を挙げたが、90年未勝利でオフにロッテへトレード移籍。ロッテでは0勝に終わり、野手転向を経て自由契約に。98年古巣に復帰し、99年5月22日巨人戦で中継ぎで10年ぶりの白星を挙げた。近年ではほかに、小嶋達也が11年10月13日横浜戦で1642日ぶり勝利の例がある。メジャー移籍を経た場合も含むと、大家友和(横浜)が10年5月2日ヤクルト戦で、5847日ぶりのNPB勝利を記録している。

 ◆高橋の前回1軍登板 21年11月6日、巨人とのCSファーストステージ第1戦(甲子園)に先発。6回3失点ながら敗戦投手。これが同年最後のマウンドとなった。前回1軍白星は21年レギュラーシーズン最終登板の10月21日中日戦(甲子園)。8回無失点9奪三振で4勝目を挙げた。