五輪連覇の阿部一二三に起こった不測の事態 「次やったらやばい」止血したドクターが語る緊迫の2分間

AI要約

阿部一二三が準々決勝で鼻からの出血に苦しむも、2回目の出血で棄権負けの危機に直面。医師の井汲彰さんが緊急処置を施す中、阿部の再挑戦が迫る緊迫した状況が描かれる。

井汲さんは2回目の出血に対し、史上初の「棄権負け」を回避するため懸命の治療を行う。鼻の詰め物が抜けた原因やチームアプローチについて解説される。

阿部と井汲さんの息の合った連携や、試合中の緊張感が伝えられる。五輪柔道の舞台裏を垣間見る一幕として、注目を集めた出来事が詳細に語られる。

五輪連覇の阿部一二三に起こった不測の事態 「次やったらやばい」止血したドクターが語る緊迫の2分間

 パリ五輪の柔道男子66キロ級で連覇を達成した阿部一二三(パーク24)が、ひやりとしたのが準々決勝だろう。鼻からの出血で2回止血するアクシデント。同一箇所の3回目の出血は棄権負けとなるため緊張が走った。治療に当たったのは医師の井汲彰さん。2回目の出血後、阿部が再び畳に上がるまでの2分間に何があったのか、詳しい話を聞いた。(取材・文=水沼 一夫)

 ◇ ◇ ◇

 阿部一二三がアクシデントに見舞われたのは、ヌラリ・エモマリ(タジキスタン)との準々決勝だった。開始41秒、袖釣り込み腰で技ありを奪った阿部は2分過ぎに鼻から出血。一度畳を降りて止血したものの、再度出血し、治療に向かった。

 柔道では出血を伴う同じ部位の治療は2回までと決められ、次に出血すれば阿部の「棄権負け」となってしまう。テレビ解説の大野将平は「ちょっと気をつけなければいけないのは確かです」と繰り返し、緊迫した空気に包まれた。

 この時、畳の外で治療を行ったのが井汲さんだった。2012年から柔道代表のドクターを務め、東京五輪後はチーフドクターとして国内外の大会や代表合宿に帯同。五輪はリオデジャネイロ、東京に続き3回目だった。

 しかし、経験豊富な井汲さんにとっても、短時間での2回目の出血は“想定外”の出来事となった。

「2回目に来た時はかなり焦りました。出血した場面は席に戻りながらだったので、じっくり凝視していたわけじゃなかったんですけど、『エッ、また鼻血か。2回目か。やばいな……』というような、自分の中でもかなりドキドキしたのは覚えています」

 ちょうど1回目の止血を終え、ドクターシートに戻った矢先というタイミング。1回目の治療とは状況が異なることはすぐに理解した。

 気持ちは阿部も同じだった。

「本人も降りて来た時に『次やったらやばいですよね』ということは言っていて、『うん、大丈夫だから。とりあえず呼吸整えて。しっかり止血するから』と伝えました」

 言葉では平静を装ったものの、井汲さんは緊張した。

 1回目は鼻の付け根を指でつまんで圧迫止血を行った後、ティッシュを適切な大きさに整形して鼻の中に詰めた。ティッシュは日本製で吸水性が良く、鼻腔の大きさに合わせて整形しやすいという理由で使っているという。詰め方は、試合が中盤を過ぎているということもあり、阿部に確認しながら行った。

「少し息も上がっているなと思ったので、あまりパツパツに詰めちゃうと、今度鼻で息をした時にスポンって抜けちゃうリスクがあるので、ある程度しっかりは詰めるんですけど、最終的な微調整は本人に任せて、『大丈夫か』『はい』と確認して、1回目は畳に戻ってもらった感じです」

 2回目の出血は激しい攻防の中で引き起こされた。映像を見返すと、相手が寝技に引き込む際に、右の膝上部分が阿部の鼻に当たるシーンがあった。

「寝技は特に畳とか相手のいろんなところに顔がぶつかるので、おそらくその勢いで鼻の詰め物が抜けてしまったのか、2回目の出血もかなり量が多かったので、また鼻をぶつけて再出血してティッシュから漏れてしまったのかという状況だったと思います」と井汲さんは分析する。

 だが、次の出血は許されず、同じ止血方法は取れなかった。井汲さんは「圧迫止血もしつつ、止血剤も使ったほうがいい」と判断。開催国のフランスが手配している会場ドクターにもサポートを求め、2人がかりで止血を行った。