【ラグビーコラム】自分の目で見る。(中矢健太)

AI要約

花園のラグビー大会にて、エディー・ジョーンズヘッドコーチが観戦し、新人選手の発掘に参加した。

エディーの訪問後、日本代表メンバーが発表され、若手選手が多く含まれていることが分かった。

ジャパンはPNCに向けて宮崎合宿を経て、カナダ戦に備えている。

【ラグビーコラム】自分の目で見る。(中矢健太)

その日、かすかな噂が流れていた。

 昨年末の花園。放送局に勤めていた私は、第1グラウンドの中継にあたってフロアディレクターを担当していた。

 12月30日、大会3日目の朝。グラウンドに降りると、眩しい太陽とは対照的に、身に堪える寒風が吹いていた。すでに同業他社のクルーは、ピッチサイドでインカムやカメラのチェックをしていた。

 なぜか現場にはどこか落ち着かない空気が流れていた。そのクルーとも持ち場が重なって3日目。少しずつ会話するようになっていた。彼はコソッと教えてくれた。

「今日、エディーが来るかもしれない」

 フロアディレクターの役目は、グラウンドで何が起きているかを放送席、中継ディレクターに伝える。何番と何番の選手が交代したのか、怪我人の状況、時にはスタンドにいる前監督など関係者の存在までも情報を収集する。その中から、中継が円滑に、彩りを持って進むような情報をピックアップして伝達する。

 そういった意味で、私たちは絶対に見つけなければならなかった。確定情報はない。でも、エディーなら来るんじゃないか。そんな予感がしていた。プレーが途切れるたびに、雑踏とするスタンドに視線を移した。

 茗溪学園と日本航空石川の第3試合、後半20分ごろだった。

 ふとスタンドを見ると、中央の関係者席がぽっかり空いていた。そこにキュッと集まって座る小さな集団。中央にいるのは、黒いキャップを被った――エディーだった。

 教えてくれたクルーと確認、すぐさま中継チームに直通するインカムに吹き込んだ。数十秒後、その情報はアナウンサーの口から発せられた。

「実は今日、この花園のグラウンド。エディー・ジョーンズヘッドコーチが訪れて、試合を観戦しているということです…あ、こちらカメラがその姿を捉えています」

 放送には一瞬、映った限りだった。ただその後、放送席などが並ぶ室内ブースに移ったエディーは、その日の最終試合まで計4試合を視察していった。

 その3日後には、国立競技場の大学選手権準々決勝へ。高校代表選考合宿、U20代表候補の国内合宿、ワールドラグビーパシフィックチャレンジに向けたサモア遠征にも姿を見せる。

 若手の発掘には、やはり自身の目で見た裏付けが第一にあったのだろう。最初に発表された新しいジャパンのメンバーには、トレーニングメンバ-含め5名、バックアップに4名、計9名のもの大学生が名を連ねた。

 そして昨朝、パシフィック・ネーションズカップのカナダ戦に向けたメンバー発表、オンライン会見が開かれた。サマーシリーズでデビュー、活躍した矢崎由高に加え、U20から昇格した村田大和、海老澤琥珀と3名の大学生がメンバー入りした。メンバー35名の総キャップ数は288、1人あたりの平均は8キャップ程度になる。

 昨年のワールドカップフランス大会。ベスト8に残った中で、平均年齢が最も若かったのはフィジーの26.9歳。対して、今回のジャパンは26.2歳。それを下回るとはいえ大きな差はない。

 エディー自身、PNCについて会見では「ジャパンと同等レベルの国々が参加している」と話した。国際舞台での経験値を上げると同時に、ここは結果を出したい。

 この週末から、ジャパンは1週間の宮崎合宿に入る。その後はカナダ・バンクーバーへの遠征を挟み、宮崎に戻って23日間の合宿。密接な日々を経て、どんなラグビーが見られるだろうか。

【筆者プロフィール】

中矢健太(なかやけんた)

1997年、兵庫県神戸市生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。ラグビーは8歳からはじめた。在阪テレビ局での勤務を経て、現在は履正社国際医療スポーツ専門学校・外国語学科に通いながら、執筆活動と上智大学ラグビー部コーチを務める。一人旅が趣味で、最近は野村訓市のラジオ『TRAVELLING WITHOUT MOVING』(J-WAVE)を聴きながら、次の旅先を考え中。