改善された反陽子冷却装置“マクスウェルの悪魔二重冷却トラップ”を開発

AI要約

欧州原子核研究機構(CERN)の国際研究チームが効率的な反陽子冷却装置を開発し、反物質の性質をより正確に測定する取り組みが進められている。

バリオン数生成問題とは、物質と反物質の生成と消滅が一対一であるはずが、現在の宇宙の物質量の偏りと矛盾する謎であり、その解決には物質と反物質のわずかな性質の違いが関わっている。

物質と反物質の性質には一部の例外を除いて大きな違いがないが、偏りが生じるためには微小な差異が必要である。

改善された反陽子冷却装置“マクスウェルの悪魔二重冷却トラップ”を開発

私たちの宇宙には「反物質」はほとんどありませんが、その理由はよく分かっていません。この謎を解決するために、反物質の性質を測定し、物質と比較する実験が行われていますが、精密な測定をするには課題がいくつもあります。

欧州原子核研究機構(CERN)の国際研究チーム「BASEコラボレーション」は、これまでで最も効率的な反陽子冷却装置“マクスウェルの悪魔二重冷却トラップ(Maxwell’s daemon cooling double trap)”を開発しました(※1)。この装置は、従来の100分の1以下の時間で反陽子を冷却することができるため、反陽子の性質の測定回数を増やすことができます。これにより、反陽子の性質をより正確に測定できることになります。

※1…マクスウェルの悪魔(Maxwell’s daemon)とは、物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルが提唱した思考実験です。本題から逸れるため詳しい説明は割愛しますが、後述する通り、この装置には反陽子を温度で仕分けする部分があるため、分子の動きを観察する架空の存在を仮定した思考実験になぞらえての名称であると推測できます。

私たちの宇宙は、まさにこの記事を読んでいるあなた自身をはじめとして様々な物質で満たされています。その一方で、物質と対を成す存在である「反物質」はほとんど存在しません。「バリオン数生成問題」と呼ばれるこの偏りは、宇宙に関する最大の謎の1つとして長年存在し続けています。

数多くの実験で、物質と反物質は必ず一対一で生成され、一対一で消滅することが分かっています。すると誕生直後の宇宙では、物質と反物質が同じ数だけ生成された後、すぐに消滅してしまうはずです。これは、物質で満たされている現在の宇宙の状況と明らかに一致しません。

バリオン数生成問題の解決には、物質と反物質は完全に一対一で生成されるのではなく、10億分の1ほどの偏りで物質が反物質よりも多く生成されるか、もしくは消滅を免れる必要があります。そしてこのような偏りが起こるには、物質と反物質の性質がわずかに異なる必要があります。ただしこれまでの実験で、物質と反物質の性質は、ごく一部の例外(CP対称性の破れなど)を除けば数値がとてもよく一致しており(※2)、仮に違いがあるとしても、それは相当わずかな差であることが分かっています。

※2…物質と反物質を比較すると、例えば電荷のように符号が反転しているものもあります。ただし符号の違いを除けば、その絶対値はよく一致していることが知られています。物質と反物質の値の一致とは、通常は絶対値が一致していることを指しています。