車は急に止まれないのはなぜ?…もし大型車と小型車で衝突事故が起こった場合、小型車の運転手が受ける「大きすぎる衝撃」

AI要約

車が急に止まれない理由や衝突時の加速度について解説

大型車と小型車の衝突時の衝撃力や航空機事故についての考察

体重差が格闘技や武闘家の戦いに与える影響について説明

車は急に止まれないのはなぜ?…もし大型車と小型車で衝突事故が起こった場合、小型車の運転手が受ける「大きすぎる衝撃」

物理に挫折したあなたに――。

読み物形式で、納得! 感動! 興奮! あきらめるのはまだ早い。

 大好評につき5刷となった『学び直し高校物理』では、高校物理の教科書に登場するお馴染みのテーマを題材に、物理法則が導き出された「理由」を考えていきます。

 本記事では〈運転中、後ろに10トントラックがついた時に「恐怖感や圧迫感」を感じるのはなぜ? 〉にひきつづき、車が急に止まれない理由を、運動量保存則からくわしくみていきます。

 ※本記事は田口善弘『学び直し高校物理 挫折者のための超入門』から抜粋・編集したものです。

 「飛び出すな、車は急に止まれない」というのはかつて人口に膾炙した有名な交通標語だが、これも運動量保存則を理解していれば、簡単に理解できる。

 最初に注意したいのは、車が止まるまでに車が動く距離は2つの部分からなっているという点だ。具体的にいうと、運転手が危険に気づいてからブレーキを踏みブレーキが効き始めるまでの「空走距離」と、ブレーキが効き始めてから止まるまでの「制動距離」だ。停止距離は、空走距離と制動距離からなる。

 ブレーキによりタイヤ(ロックされている)と路面との摩擦力で生み出される制動力が一定であるとすれば、

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ブレーキが効き始めてから止まるまでの時間=速度が0km/hになるまでの時間

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 となる。したがって、

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ブレーキが効き始めてから止まるまでの時間=質量×速度/制動力

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 という式になる。つまり、速度に比例して「ブレーキが効き始めてから止まるまでの時間」は延びていくわけだ。それゆえ、時速100kmで走っているときの「ブレーキが効き始めてから止まるまでの時間」は、時速50kmで走っているときの「ブレーキが効き始めてから止まるまでの時間」の2倍かかる、というわけだ。

 一方、制動距離は速さの2乗に比例する。なぜならば、動いている物体の運動エネルギーは速度の2乗に比例して増大するが、ブレーキが及ぼす力のほうは速度が増えても変わらないので、運動エネルギーに比例した距離だけ制動をかけ続けないといけないからだ。

 時速100kmで走っているときの「ブレーキが効き始めてから止まるまでの距離」は、時速50kmで走っているときの「ブレーキが効き始めてから止まるまでの距離」の4倍ということになる。皆さんはそういうことを意識して運転されているだろうか? もし、まだだったらぜひ、明日からそういうことを気にしながら運転してほしい。

 また2つの異なった質量を持った物体が正面衝突したときに乗員が感じる衝撃力も運動量保存則から考えることができる。質量の異なった物体の衝突前後の状況を考えると、

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(大きい質量×衝突前速度)+(小さい質量×衝突前速度)

=(大きい質量×衝突後速度)+(小さい質量×衝突後速度)

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 が成り立つはずだ。働く力は2つの質量の間だけで、外から働く力はない。ゆえに、上記の式を変形すると、

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大きい質量×(衝突前速度-衝突後速度)

=小さい質量×(衝突後速度-衝突前速度)

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 という式も成り立つ。衝突の前後で、大型トラックと普通自動車の質量は変わらないので、この式が成立するためには、「大きい質量の速度変化」は「小さい質量の速度変化」より値が小さくないといけない。すなわち、

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大きい質量の速度変化<小さい質量の速度変化

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 となる。交通事故の際に生じる衝撃力は、質量×加速度で求められる。既に説明している通り、加速度=(速度の変化)/(経過時間)で求められる。衝突は瞬間的に起きるが、それでも有限の時間はかかる。その時間で衝突前後の速度変化を割れば、加速度になる。

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大きい質量の速度変化/衝突時間<小さい質量の速度変化/衝突時間

大きい質量の加速度<小さい質量の加速度

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 になっているはずだ。これに人間の質量をかけると、

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人間の質量×大きい質量の加速度<人間の質量×小さい質量の加速度

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 になる。ここで「質量×加速度」は力なので、普通自動車(小さい質量)の中にいる人間にかかる衝撃力は、トラック(大きい質量)の中にいる人間にかかる衝撃力よりもはるかに大きくなる。

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衝突時に大きい質量に乗っている人間にかかる衝撃力

<衝突時に小さい質量に乗っている人間にかかる衝撃力

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 衝突時の物体の加速度に起因する、(物体内の)人間が受ける力(衝撃力)の比は、衝突する物体の質量の比に反比例する。つまり、大型車と小型車がぶつかった場合、大型車の運転者はたいして大きな衝撃を受けないが、小型車の運転者はそれとは比較にならないほどの大きな衝撃を受ける、ということだ。

 一般的に、10トントラックと呼ばれる大型トラックが荷物を満載した場合、走行時の総重量は、荷物と車両の重量を合わせて20トンになる。一方、普通自動車は重さがせいぜい1トンしかない。すなわち、普通自動車の運転手にかかる衝撃力は、大型トラックの運転手にかかる衝撃力の20倍になる。

 これが、普通自動車とトラックによる衝突事故では、普通自動車の乗員が死亡や重傷になるような大事故であっても、大型トラックの運転手が無傷に近いことが多い理由である。

 私たちが大型トラックに圧迫感を感じてしまったり、反対に大型トラックの運転手が交通事故の恐怖感が薄いのは、「仮に衝突事故が起きると、小型車の乗員はダメージが大きいのに対して、大型車の乗員はダメージが圧倒的に軽微」という現実を、双方が漠然と理解しているからだと思う。

 こんなことを言うとちょっと違和感があるかもしれないが、いわゆる航空機事故というのはこの大型車と小型車の衝突を、より極端にした場合と考えるとわかりやすい。「航空機の墜落事故」と呼ばれているものは地球と航空機の衝突にほかならないからだ。

 衝突時の加速度に起因する、乗員が受ける力(=衝突の衝撃力)の比は乗っている物体の質量の比に反比例するのだから、航空機が墜落したときに航空機の乗員が受ける衝撃と地球上に住んでいる人類が受ける衝撃の比は、航空機と地球の質量の逆比になってしまう。その比が余りに小さいので、地球上の人類は地球が航空機と衝突したことに気づかないだけのことだ。

 格闘技漫画などで体格差がある人物どうしが戦うとき、体格に劣る人物が打撃を放っても、体格で優る人物がダメージを受けない、というのはよくある描写だ。私たちは、往々にして「体格に優るほうが力が強い」とか「筋肉モリモリだから」という話だと理解しがちだ。

 しかし、高校物理で学んだ「運動量保存則」を正しく理解していれば、筋肉とか体格以前に、体重が決定的なファクターであることがわかるはずだ。

 体重の軽い主人公が、巨大で体重が重い敵に殴りかかった場合を想像してみよう。主人公はみずからの打撃で相手に与える力積と同じ力積を自分も受けてしまう。しかも、その力積が及ぼす加速度の大きさは体重が軽いほど大きくなってしまう。

 すなわち、相手が強かろうが弱かろうが、体重差のある相手を殴って、逆に反動で自分が吹っ飛ばされるというのは、物理学的にみればごく当たり前の現象なのだ。これは、武闘家として優れているとか、筋肉や体格の違いなどとは関係なく起きることなのだ。

 格闘技において、重量別に厳格に階級が分かれているのは、体重差があるマッチメイクは、体重が重いほうに有利で軽いほうに不利であることがわかっているからだ。誰が本当に強いのかを知るためには、重量差を一定範囲に収めた階級制にしないと不公平になってしまう。

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 さらに【つづき】〈質量がなくても運動量は存在するのか? …エンジンも燃料もいっさい不要の夢の宇宙船、光を使って宇宙船を動かす「ソーラーセイル」〉では、質量と運動量の関係についてくわしくみていきます。