新潟県内で15人が犠牲となった7.13水害から20年 教訓を次世代に

AI要約

新潟県内で15人が犠牲となった7.13水害から20年が経過し、各地で犠牲者に黙とうが捧げられました。

長岡市中之島地域では決壊した堤防に合わせて黙とうが行われ、当時の保育所の関係者も参加しました。

元園児や保育士たちは、災害の恐ろしさや助け合いの大切さを振り返り、教訓を次世代に伝える意識を新たにしています。

新潟県内で15人が犠牲となった7.13水害から20年 教訓を次世代に

新潟県内で15人が犠牲となった7.13水害から13日で20年。各地で犠牲者に黙とうがささげられました。

3人が亡くなった長岡市中之島地域では、刈谷田川が決壊した午後0時52分に合わせ黙とうがささげられました。

2004年の7.13水害では、刈谷田川や三条市を流れる五十嵐川などの堤防が決壊。新潟県内では15人が死亡して82人が重軽傷を負い、8000棟を超える建物が浸水被害を受けました。

【当時の中之島保育所の保育士】

「あれから20年、あっという間だったなという風に思っています」

式典には当時、中之島保育所から自衛隊のヘリコプターで救助された元園児と保育士も招かれ、当時の思いや感謝の気持ちを述べました。

【当時の園児 岩本拓磨さん(26)】

「災害の怖さやたくさんの方に助けてもらった感謝の気持ちとかを思い出して、今後も忘れないようにしていきたいなという気持ちになりました」

参加者は20年前の教訓を次世代に継承しなければという思いを、新たにしていました。