「源氏物語」の「英訳」を、さらに「日本語訳」する…そのなかで「扱いに悩んだ言葉」があった

AI要約

『源氏物語』は、アーサー・ウェイリーによって英訳され、日本語に再翻訳されて注目を集めている。

日本語訳のプロセスで訳語選定に苦労し、冒頭の一文についても悩んだ結果、英語のまま残す手法を取った。

1000年前の物語が英訳と日本語翻訳を経て輝きを増している様子を堪能できる。

「源氏物語」の「英訳」を、さらに「日本語訳」する…そのなかで「扱いに悩んだ言葉」があった

『源氏物語』は、今年の大河ドラマ「光る君へ」のテーマとなり、日本中の注目を集めています。

じつはこの物語、いまから100年ほど前にアーサー・ウェイリーという東洋学者によって英語に訳されていたことをご存知でしょうか。『ザ・テイル・オブ・ゲンジ』と題されたその書物は、イギリスをはじめヨーロッパやアメリカで大反響をもって迎えられました。

そして21世紀のいま、そのウェイリー訳『ザ・テイル・オブ・ゲンジ』をあらためて日本語に翻訳し直し、大きな注目を集めているのが、毬矢まりえさん、森山恵さんのお二人です(二人は姉妹)。

毬矢さん、森山さんは、英訳をさらに日本語訳するなかでさまざまな問題に直面し、それを乗り越えるなかで多くの発見をします。

そんな日本語訳のプロセスと、その過程でなされた工夫や発見をまとめたのが、『レディ・ムラサキのティーパーティ らせん訳「源氏物語」』です。

なかでも興味深いのが、訳語をどのように選定するかに二人が頭を悩ませる部分。とくに、物語冒頭の「ある言葉」について、二人は大いに悩んだといいます。

本書の編集を担当した見田葉子さんが語ります。

「古典の教科書などでごらんになった方も多いと思いますが、「源氏物語」の冒頭は、

「いづれの御時(おほむとき)にか、女御(にょうご)、更衣(こうい)あまたさぶらひ給ひける中に……」

という文章から始まります。これを著者のお二人は、以下のように翻訳しました。

「いつの時代のことでしたか、あるエンペラーの宮廷での物語でございます。ワードローブのレディ(更衣)、ベッドチェンバーのレディ(女御)など、後宮にはそれはそれは数多くの女性たちが仕えておりました。……」(『源氏物語 A・ウェイリー版』第1巻より)

冒頭の「エンペラー」というのは、「帝」のことですね。

ウェイリーが「Emperor」と訳したこの言葉を、日本語にどう翻訳するか、著者たちは悩んだといいます。

原典の「帝」に訳し戻すか、「ミカド」、「皇帝」、などとするか…。

悩んだ末に二人が行きついたのは、「エンペラー」とカタカナで表記する、という結論でした。

英単語をあえてそのまま残すことで、この物語がいったん英語に翻訳されたこと、そして当時の英語読者に「エンペラー」を描いたさまざまな物語を連想させたことが伝わります。

また、「更衣」を英語のまま、「ワードローブのレディ」と訳すことで、「帝の着替えを手伝う女性」という役割が一目でわかります。現代の読者には「更衣」が何かわからないので、英語の方がかえってわかりやすいですよね。

このようにカタカナで英訳の言葉を残すことで、どこの国とも知れない魅力的な国のエンペラーと、それを取り巻く女性たちの姿が浮かぶのではないでしょうか」

1000年前に書かれた物語が、100年前の英訳と、そこからのさらなる日本語への翻訳を通して輝きを増していく……何重にも折り重なっていくような古典の魅力を、堪能してみてはいかがでしょうか。

さらに【つづき】「源氏物語の「光源氏」が、「英語」ではどう訳されているかご存知ですか? その「意外な答え」」の記事では、「光源氏」という名前がウェイリー版ではどのように訳されたのか、そして、そこから得られた発見について、くわしく紹介しています。