「人付き合いの秘訣?そんなのない」知の巨人・養老孟司が"気に食わないヤツ"を受け入れるべきという深い理由

AI要約

日本の幸福度が低い背景に、SNSとの距離感や自己実現への欲求の影響がある

自分の心の変化をモニターし、ナルシシズムに陥らないよう注意が必要

自我を捨て、自然と一体化することで息苦しさから解放される余白の瞬間を持つ重要性

 (第1回から続く)

■「皮膚の内側が自分」という常識を捨てよう

 【名越】国連が発表した「世界幸福度ランキング2024」で、日本の幸福度は143カ国中、51位だそうです。先進国の中では毎回、ほぼ最低クラスなので、問題視する向きも多いようです。

 【養老】国別の幸福度なんて、ランク付けできるのか。

 【名越】国連の言うとおり、幸せを感じにくい日本人が多いとすればですが、生きるのが「息苦しい」と考える人が、多いからかもしれないですね。例えばSNSとの距離感を

 いまだにつかめないまま、我々はストレスを日々溜め込み続けているのかもしれない。

 社会改革できない閉塞感、虚しさも、日本の中に漂っている。精神科医になってしばらくしてからようやく、カウンセリングをするなら、「人の心よりも、まずは自分の心の変化をモニターできるようにならないと」と気付いたんです。

 で、自分の心に向き合えば向き合うほど、心の中身は「自己実現への欲求でしかない」ということに気付かされたんです。

 そのことを前提にするなら「社会を変えたい」という一見真っ当な意見は、よほど注意しておかないと当人のナルシシズムにすぎなかったということになりかねない。

 ドストエフスキーとか、夏目漱石とか、優れた天才がすでにそうした近代人の拡張されたナルシシズムについて、書き残していると思うんです。社会を変えたいなら、まず自分が本当のところ何を目指しているのかを知っておくといいかもしれません。

 そして、「社会改革ができない」と怒る前に、先人たちが長年積み上げてきた結果としての目の前の社会の仕組みを冷静に、敬意と諦観をもって見つめて、現時点での人間の限界を知る必要があるのではないでしょうか。

 養老先生も、「目の前のことは結果」とおっしゃっていました。息苦しさから解放されるには、どうすればいいとお考えになりますか。

 【養老】そもそも自我なんて、必要なのだろうか。「皮膚の内側が自分」という常識を、捨ててしまえばいいのではないかな。

 そうすれば、楽になれるのでは。日本野鳥の会をつくった中西悟堂は、外出すると鳥が彼の頭や肩に止まりにきたんだって。彼はもう、自然の一部みたいになっていたわけだ。そんな具合に、自然と一体化してみたら、いいんじゃないですかね。

 【名越】なるほど。仏教でも、「自我は幻想」と説いていますからね。息苦しさから逃れるには、自分の殻から外に出る「余白の瞬間」を持つのが、大事ではないでしょうか。

 例えば、昔は銭湯の熱い風呂に入ると、「プハーッ」と言って、その瞬間は「記憶喪失」になることができたでしょう。

 抱えていた、いろいろな悩みが吹っ飛んで。いまは便利すぎて、空白になれる時間があまりないのかもしれない。

 だから、息抜きができない。自我に基づいた自己実現や幸せの定義では、ナルシシズムを突き詰める方向に行くしかなくて、その先には奈落しかないでしょう。