何度、手を合わせても…57歳ひとり娘が一生後悔を引きずる、年金14万円「老人ホーム」で亡くなった75歳母の最期の言葉

AI要約

終の棲家について考えたとき、住み慣れた自宅と思い描く人が多いようです。しかし年齢と共に体の自由がきかなくなり、自宅で暮らし続けることが困難に。

15年前に父が亡くなって以来、母は実家でひとり暮らしをしていましたが、とてもこのような状況でひとりにさせるわけにはいきません。

松本由美子さん(仮名・57歳)は、母の介護をしながら仕事を両立させることに苦しんでいます。介護離職による復帰の難しさや経済的な影響にも直面しています。

介護離職者が増える中、社会的な支援や孤立の問題も浮上しています。介護を通じて生じる悲劇的な事件も実際に起こっているのが現状です。

何度、手を合わせても…57歳ひとり娘が一生後悔を引きずる、年金14万円「老人ホーム」で亡くなった75歳母の最期の言葉

終の棲家について考えたとき、住み慣れた自宅と思い描く人が多いようです。しかし年齢と共に体の自由がきかなくなり、自宅で暮らし続けることが困難に。そうなると老人ホームへの入所というのも、ひとつの選択肢になるでしょう。ただ一度入所すれば、安心というわけではないようです。

――このままでは、私も潰れてしまう

悲痛な言葉を口にする、松本由美子さん(仮名・57歳)。脳卒中で倒れた母(75歳)には麻痺が残り、要介護2。身の回りのこと全般に見守りや手助けが必要で、立ち上がるときや歩行のときには支えが必要。食事やトイレ、入浴も、ひとりでは難しい状態です。

15年前に父が亡くなって以来、母は実家でひとり暮らしをしていましたが、とてもこのような状況でひとりにさせるわけにはいきません。由美子さんは独身であったこと、職場には実家から通うほうが便利だったこともあり、実家に戻り、母の介護にあたるようになったといいます。

ただ仕事と介護の両立は、想像以上でした。日中、介護ヘルパーが来てくれるのと同時に出社し、早めに帰宅。ヘルパーとバトンタッチし、夜は基本的に由美子さんが母親を支えます。すでに入浴は済ませているので、食事やトイレ、着替えのサポートが中心。しかし、ほとんどの時間、見守っていなければならず、負担は大きなものでした。さらに、もともと明朗活発だった母親。病気が原因とはいえ、以前のように自由がきかなくなったことは大きなストレスだったようで、うつ病を発症。しきりに「死にたい、死にたい」と口にするようになったといいます。

――もう仕事と介護を両立させるなんて無理

――でも仕事を辞めたら、どうやって生きていけばいいのか

総務省『就業構造基本調査』によると、2022年、介護を理由に離職した人は10万6,000人。昨今は、介護者に対するサポートも充実してきて、15年前の2007年、14万4,800人と比較すると減ってはいますが、近年は10万人前後で推移。一定の介護離職者が出ている状況です。

仮に介護離職になった場合、その後、仕事に復帰しようにも、離職前のように働くのは難しいという実情があります。実際に介護離職後に離職前と同様に正社員として再就職できたのは半数以下。このような事情もあり、復職したとしても収入が大きく減ってしまいます。そうすると、自身の老後設計にも大きな影響を与えてしまうことが懸念されます。

さらに介護離職した場合、社会から孤立してしまうという懸念があります。介護者も精神的に追い詰められ、最悪の場合、悲しい事件という結末を迎えてしまう場合もあるのです。