「今日」は与えられた「プレゼント」…永世名人とノーベル賞学者が語る「死」が「最後のメッセージ」であるワケ

AI要約

人生100年時代。平均寿命が上がり続けている現代の日本では、100歳まで生きることも当たり前になっている。医療や老後の過ごし方に関する考察を通じて、人生の儚さや楽しみを探求。

病気で苦しむ患者の心情や、幸せについても考察。医学研究者としてのキャリアへの影響も明かされる。

老いと死を前向きに捉え、現在を大切に生きる気持ちを表現。昨日の歴史も、明日の未来もわからない今日を大切にする姿勢。

「今日」は与えられた「プレゼント」…永世名人とノーベル賞学者が語る「死」が「最後のメッセージ」であるワケ

人生100年時代。平均寿命が上がり続けている現代の日本では、そう遠くない未来に100歳まで生きることも当たり前になっているだろう。そんな時代にいつまで現役を続けられるのか?どんな老後の過ごし方が幸せなのか?医療はどこまで発展しているのか?

ノーベル賞学者と永世名人。1962年生まれの同い年の二人が、60代からの生き方や「死」について縦横に語り合った『還暦から始まる』(山中伸弥・谷川浩司著)より抜粋して、還暦以降の人生の楽しさや儚さについてお届けする。

『還暦から始まる』連載第30回

『「1秒でも長く盤の前に座っていたい」…対局に耐えられないまでになったトップ棋士、最後まで「現役棋士」でいるためにとった行動とは』より続く

山中僕は昔からSFが大好きで、記憶に残っている話があるんです。重い病気でずっと意識がない人が夢を見る。夢できれいな奥さんが出てきて「あなた、私たちを置いていかないで。待っているから」、子どもも「パパ、早く帰ってきて」と言う。「そうだ、おれはこんなところで死ねない」と思って意識が戻ったら、それは研究者が患者を元気にするための機械でつくりだした夢ということがわかって、それで絶望して死んでしまうという話です。それだけ本人の気持ちが病状を左右する。

谷川いつごろ読まれた話ですか。

山中小学生ぐらいのときです。あとは、全身が動かなくて意思の疎通ができない病気で長く苦しんでいる患者さんの話です。研究者が意思の疎通ができる機械をつくった。「これでこの患者さんも喜ぶだろう」と思ったら、出てきた言葉が「キル・ミー、キル・ミー」、「おれを殺してくれ」。人は単に生きているだけでは、幸せではないということなのか、そのときは、それがどんな病気か想像もつかなかったけれども、いまだとALSなどいくつかの病気はまさにそういう状態です。

谷川悲しい話ですね。

山中そうなんです。その2つがすごく記憶に残っていて、そのときは自分が医者とか医学研究者になるとは全然思っていませんでした。でもじつは影響を受けていたのかもしれませんね。もちろん病気だからといっても幸せな人はいっぱいいますし、健康だからといっても幸せでない人もいっぱいいます。平尾さんは幸せだったと思います。あれだけの難病でしたけれど、家族に支えられて。もちろん実際にどうだったのか、本人に幸せかどうかなんか聞けないからわからないんですけど。

谷川誰もがそうだと思いますけれども、10代、20代のときは自分が死ぬことをあまり考えませんし、自分は死なないとさえ思っているところがありますよね。だからこそ10代、20代は無茶もできるし、私自身もそうでした。

いまは元気なので、偉そうなことを言っていますけれども、実際、死が目の前に迫ってきたときに心穏やかにいられるかどうかはわかりません。ただ、歳を取って人間が少しずつできることができなくなって下降線をたどっていくことは自然なことで、そのこと自体も自分の子どもや家族、後輩たちに身をもって示すことができればとは思っています。

山中はい、下り坂を楽しむのも大切ですね。「昨日」は「ヒストリー」(歴史)で変えることができませんし、「明日」は「ミステリー」でどうなるかわかりません。「今日」は英語で「プレゼント」ですが、与えられたこの瞬間を大切に生きようと思っています。