『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が、働く現代人に刺さる理由。三宅香帆さんインタビュー

AI要約

映画『花束みたいな恋をした』から生まれた本『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が話題となり、三宅香帆さんと現代の労働と生活について語り合われた。

本書は日本の労働観を明治時代以降のヒット本の変遷を軸に総括しており、読書を楽しむ余裕がなくなった現代人の問題に焦点を当てている。

著者は働きながら本が読めなくなる理由や、情報の過多から生じる読書難の背景を明らかにしており、文章の面白さにもこだわっている。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が、働く現代人に刺さる理由。三宅香帆さんインタビュー

2021年の映画『花束みたいな恋をした』では、就職すると、かつて愛した本や漫画に目もくれなくなってしまった青年、麦(菅田将暉)が描かれた。なぜ、麦くんは本を読まなくなったのだろう―。

そんな疑問から生まれた一冊『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)が、発売1週間で10万部を突破し大きな話題となっている。

著者の三宅香帆さんと、読書を楽しむ余裕がなくなってしまった現代人の労働の問題と生活について、たっぷり語り合った。

―本著はタイトルの通り、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか?」という課題意識から、明治時代以降のヒット本の変遷を軸に、日本の労働観を総括されています。明治以降の労働史を知るのにすごく最適な一冊だと思いながら読みましたが、どんな経緯でご執筆をされたのでしょうか。

三宅香帆(以下、三宅):映画『花束みたいな恋をした』(2021)を観たことがきっかけになっていて、映画のなかで、まさに働きながら本が読めなくなる主人公が出てくるんです。

菅田将暉さん演じる麦くんという男の子が、大学時代は本や漫画、カルチャーがすごく好きだったのに、働きはじめるとパズドラみたいなスマホゲームしかできなくなってしまう。そのシーンを観て、自分自身もこういうときがあったと思ったんです。同世代の人たちが「あのシーンわかる。パズドラしかできない麦くんを見て自分かと思った」みたいな声を上げているのも見て、麦くんみたいな人たちに向けて、「本を読みたくなる本」を書けないかなと思ったのが原点でした。

そして、なぜ本が読めなくなるのかという問いを考えるうえで、いまの忙しさや働き方の問題がいつから始まったのか、日本人はなんでこんなに本を読めなくなるくらい忙しくなってしまっているのか、そういった問題を歴史から遡っていくかたちをとってみたんです。

―読んでみると労働史であり、働き方改革の本ですよね。その説明がないと、なぜ自分は本を読めなくなったのか腹落ちしないと思います。一番刺さったのは、「現代の人たちにとって読書はノイズである」という指摘でした。

三宅:私は、働いているときは本が読めなくなるけれど、代わりにSNSを見たり、スマホで何かを検索して情報を得るみたいなことはできたんです。働いていると単純に時間がないからと思われるかもしれないんですが、きっと本を読む「時間」自体はあると思うんです。

時間ではない何かがあるんだろうなと思ったときに、小説や人文書に比べ、ビジネス書や自己啓発書の売り上げは伸びているということの原因を分析するなかで、「ノイズ」という言葉が出てきました。

自分がスマホで検索するときは、ほしい情報だけを得られるのがいいところですよね。SNSもフォローしている人や、アルゴリズムで自分好みのものが出てくるとか、自分の想像しているもの以外のものは入ってこない。それがある意味インターネットのいいところだと思うんですが、読書の場合はちょっとそれと違っていると思います。

たとえば、なぜ働いていると本が読めなくなるのかという問いを知りたくなったら、その問いの答えをズバッと言ってくれるのではなく、明治時代の読書の話から始まったり、背景知識から説明されたりする。いま起きている世界の戦争のことを知りたいと思ったら、何日に爆撃が起きたみたいな話だけじゃなく、宗教的な背景から歴史的な背景まで本は説明してくれるんですよね。背景知識まで説明してくれるからすごく勉強にもなるんですが、忙しい人にとっては、それは「ノイズ」にもなりかねないという側面があるのだと思います。

―コンテンツが溢れかえっているなかで情報発信をするとき、簡潔に伝えたり、早く答えを出したりしないと読者が離脱してしまう、という状況とも戦わないといけないと思います。そのなかで、あえて大がかりに迂回をしていくようなスタイルでこの本を書かれているようにも感じました。

三宅:そうですよね。でも、やっぱり文章で面白いと思わせたいみたいなところがすごくありました。もちろん情報を提供したいという気持ちもありますが、それ以上に本の魅力自体を伝えたいという気持ちがあったと思います。歴史的な背景からちゃんと教えてくれたり、特に知りたいと思ってはいなかったけれど知ってみると面白い知識とか、そういうものを伝えてくれる読書に、自分自身がすごく影響を受けてきました。だから自分自身もそれを書きたいと思いますし、意外と受け入れてくれる人もいるんじゃないかなという、ちょっとした賭けみたいなところはありました。