自由・平等・民主主義を生んだ古代ギリシア。しかしその社会は「奴隷」に支えられ、「賄賂」が横行していた:interrobang:

AI要約

古代ギリシア文明の暗部として奴隷制度が存在し、自由・平等の観念と対立していた。市民の余暇や異民族との戦争から奴隷制が生まれた経緯が明らかになる。

現代でも奴隷的労働や人権抑圧が自由競争の陰で行われており、歴史が現代社会を映す鏡であることを考えさせられる。

古代ギリシア人の社会では自由と奴隷が表裏一体であり、現代人も自らの公正さに疑問を持たざるを得ない状況にある。

自由・平等・民主主義を生んだ古代ギリシア。しかしその社会は「奴隷」に支えられ、「賄賂」が横行していた:interrobang:

真理を探究する自然科学と哲学、現代に通じるデモクラシーをも生み出し、「ヨーロッパの源流」とされてきた古代ギリシア文明。しかし、近年の研究では、その意外な成り立ちと暗部も照らし出されている。「地中海世界の歴史〈全8巻〉」の最新第3巻『白熱する人間たちの都市』(本村凌二著)と、講談社学術文庫の新刊『賄賂と民主政 古代ギリシアの美徳と犯罪』(橋場弦著)で見えてくる古代社会の闇とは――。

メソポタミアからローマ帝国にいたる文明の歴史を、古代ローマ史研究の第一人者・本村凌二氏が新たな視点で描く「地中海世界の歴史〈全8巻〉」(講談社選書メチエ)。すでに刊行された第1巻・第2巻は、発売まもなく重版が決定し、大きな反響を呼んでいる。

シリーズ第3巻となる『白熱する人間たちの都市』が取り上げるのは、エーゲ海とギリシアの文明だ。

〈エーゲ海は紺碧に彩られた人類の愛する海である。この美しい情景のなかで、古来、ギリシア人はこの世を讃美することにことさら熱心であったという。それとともに、この世の仕組みに向けられたまなざしがめばえ、自然や宇宙の根源と法則を究めようとする姿勢が目立ってきた。やがて、人間は自由であり平等であることを自覚するようになり、その政治表現として民主主義すら生み出すようになった。〉(『白熱する人間たちの都市』p.3)

眩しい陽光のなかで自由と平等を愛し、民主政治を生み出した人々――。しかし、その社会は、現代人には容認しがたい暗部を抱え込んでいた。そのひとつが、奴隷の存在だ。

〈古代ギリシアでは、奴隷の存在に疑念がないどころではなく、むしろ奴隷制は当然のごとく認知されていた。よほど貧しい市民でないかぎり、一人二人の奴隷はいたという。だから、豊かな市民なら数名あるいは10名以上の奴隷を所有していたのは当たり前のことだった。〉(同書p.286)

このような雰囲気のなかで、自由を享受する市民の間では、商業や手工業ばかりか、農耕などの生産労働さえも卑しいものと蔑視する風潮も出てきたらしい。

〈近現代人には「自由人」のかたわらに「奴隷」がいるという社会は信じがたいものがある。しかも、プラトンやアリストテレスのような卓越した知識人すらも臆面もなく「自然による奴隷」つまり「生まれながらの奴隷」などと言っているのだから、古代社会のなかにはどこか底知れないところを感じさせられてしまう。〉(同書p.290)

なぜ、自由・平等の観念とともに、このようなことが受け入れられていたのだろうか。

どうやら、ポリスの市民が国家や政治について議論したり、哲学的な思索をめぐらすためには、なにはともあれ「余暇(スコレ)」が必要であり、市民の余暇が奴隷の担う労働に支えられるのは当然のことと考えられていたらしい。

また、アリストテレスの生きた前4世紀は、奴隷身分の多くが異民族の出身であった。そして、異民族の大国、ペルシア帝国との戦争に勝利したという経験は、彼らを劣等なものと見なす通念の発端となったのではないか、と本村氏はいう。ギリシア人であることは、自由であることであり、それとともに、奴隷であることと異民族であることが同等と見なされるようになったのは自然の成り行きだったのだ。

〈じつに、ギリシア人の社会にあっては、自由と奴隷は硬貨の表裏一体をなしていたと言ってもいいのであり、自由と人権を尊ぶ近代人の目からすれば、「ギリシア人の心性と文明は奴隷制の上に成り立っていた」と断言してもいいのではないだろうか。〉(『白熱する人間たちの都市』p.290)

しかし、だからといって、現代人は自らの「公正さ」に胸を張れるだろうか。

〈世界史を公平にふりかえれば、第二次世界大戦以前の近代史にあっても、国民国家の宗主国と植民地帝国の異民族支配が表裏一体をなしていたことに気づく。それもわずか数十年前、私たちの父や祖父の時代のことである。歴史とは何という皮肉きわまる事例を開示してくれるのだろうか。〉(同書p.290-291)

そして現代の世界でも、民主的な自由競争の陰で、多くの奴隷的な労働と人権の抑圧が行われている。まさに、歴史は現代を映す鏡なのだ。