パンのないパン屋?門前仲町の住宅街にひょっこりと現れる人気ベーカリーの二毛作

AI要約

門前仲町にある"たむらパン"は、朝はパン屋、午後はワインとパンを楽しめるお店。オーナー夫妻のユニークなセンスが光るアットホームな雰囲気で、北海道ワインをメインにした飲み物とともに、美味しいパンを楽しむことができる。

メニューには、様々なパンが盛られたワンプレートがあり、さらにポテトサラダや野菜、国産チーズなどのお惣菜も楽しめる。店内にはギャラリーもあり、様々なアーティストの作品を鑑賞できる。

真紀子さんというオーナーが店を象徴し、パンだけでなくお客との会話も楽しめる。アートや自然に囲まれた店内で、ゆったりと時を過ごすことができる。

ワインが飲めるパン屋さん、自家製パンを焼くビストロなど、パンとワインを楽しめるお店が急増中。人気連載「普段着の京都」でおなじみのグルメライターの岡本ジュンさんが今回も素敵なお店を紹介します。お昼にお酒を飲むような、ゆるりとした気持ちでお楽しみください。 取材・文=岡本ジュン 撮影=

■ 朝はベーカリー、午後はパンとワイン

 パンのないパン屋である。いや、それは言い過ぎか(笑)。午後4時、扉を開けるとそこにはパンがひとつも並んでいなかった。

 『たむらパン』は、門前仲町の駅を出て住宅街をぐいぐいと進み、大横川を渡って至る牡丹町にある。静かな路地にあって、とくに看板はなし。ベーカリーらしき気配を微塵も感じさせない入口は、知らなければ入るのに勇気がいりそうだ。事実、恐る恐る扉を開けてやってくるお客さんも少なくない。

 店内はさらに想像の上をいく工房のような雰囲気で、壁には生産者などのサインや応援コメントが躍り、ちょこちょこ置かれたアートが目を引く。カウンターは大きさの違うヴィンテージの机たちを整列させている。でもそこがひとたび腰を下ろすと、なんともいえないいい湯加減の場所になるのだ。

 パンとワインというこの企画で、パッと最初に頭に浮かんだのがここだった。ふたりとも兎年だという店主の田村夫妻は、店名を田村とラパン(フランス語でうさぎ)にもかけている。この絶妙なネーミングセンスからもわかるように、とんがったユーモアが効いている楽しい店なのだ。

 朝寝坊で怠け者だと人気パン屋はハードルが高い。早く行かないと売り切れてしまうからだ。行列必須の店には、一生かかっても入れないような気がする。そんな人間にとって『たむらパン』はとてもうれしいスタイルなのだ。

■ 飲み物は北海道ワインがメイン

 名店『シニフィアンシニフィエ』出身のご主人・裕二さんが焼くパンは大人気。7時半の開店から飛ぶように売れ、あっというまに終了する。その後、同じ場所で15時から奥様の真紀子さんがパン呑みタイムをスタートさせる。

 飲み物は北海道ワインがメインだ。その理由は二人が北海道の大学に通っていたため。北海道を愛しているから。今や北海道は日本ワインのメッカでもあるだけに、銘柄も多種多様に造られていて、レベルも高いのだ。

 つまみはパン盛り合わせのみ。ワインを頼んでゆるゆる飲み、真紀子さんと時々会話をしながらパン呑みがスタートする。まだ外が明るい時間から飲めるのもこの店のいいところで、開店前の景気づけにサクッと飲んでいく飲食店の人も見かけたりする。

 はい、と目の前に現れたのは、様々なパンがぎっしりと盛られたワンプレート。お店で出しているパンが一口ずつ味わえる夢のようなメニューだ。パンと一緒に食べるとおいしいポテトサラダやリエット、お惣菜に野菜、国産チーズも添えられていて、これでワインが1本くらいは飲めそうだ。

 こちらがのんびり呑んでいる間にも、目の前のキッチンでは真紀子さんが次々と仕込みをこなしていく。明日のサンドイッチのフィリングなどを作るおいしそうな光景を横目に、パンとワインでちびちびやるのもなかなかいい時間だ。

 キッチンと反対の壁はギャラリーになっていて、定期的に二人の好きなアーティストの作品を展示している。そこでそのときの作品によっても店の雰囲気がちょっとずつ変化するのだ。もちろん作品を見るためだけに行くのもOKだ。

 キッチンにかかる絵は、愛猫たちをお気に入りのアーティストに描いてもらったもの。とあるロゴが描かれた絵は、それを飾りたいために電子マネーを使えるようにしたという武勇伝が面白い。

 この店には身近にアートがあり、自然に溶け込んでいる。そんなふうに二人の気持ちやライフスタイルがすけて見えるところも魅力的なのだ。

 そして、パンもさることながら、何よりこの店を象徴するのは真紀子さんという人。パキッとした口調や豪快な笑顔に会いたくて通ってしまう常連さんは多いに違いない。もちろんご近所の人気レストランに卸しているパンも一級品。パンが買いたくなったら、がんばって早起きして並んでみてください。

 でももしも、ワインと一緒に味わいたいというなら、ふらりと足を運んでも大丈夫ですよ。