【今月おすすめの本】中島京子『うらはぐさ風土記』他3編

AI要約

熊谷守一の美術館を訪れるライター石井絵里さんの体験を紹介。

ヒロインの沙希が武蔵野での新生活を送る中で、人々とのつながりや街の変化を描いた小説『うらはぐさ風土記』の魅力。

沙希が周囲の人々や自然と触れ合いながら、街の在り方や人間関係に対する考察を通じて自己成長していく物語。

【今月おすすめの本】中島京子『うらはぐさ風土記』他3編

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●石井絵里さん ライター

大好きな画家・熊谷守一の美術館へ。足を運ぶのは4回目。シンプルな構図と色に毎回癒されてます。

▶離婚後に移り住んだ武蔵野の地の、過去と未来を描き出す!

物語の世界の中で、季節の移り変わりを慈しんでみたい――。『うらはぐさ風土記』は、そんな豊かな読書体験をさせてくれる一冊だ。ヒロインの沙希は、大学の教員。離婚をきっかけに30年ぶりにアメリカから帰国し、伯父が所有する庭付きの古い家で一人暮らしを始めることになった。

家があるのは「うらはぐさ」と呼ばれる、東京郊外・武蔵野エリアの一角。ここは沙希の母校で勤務先でもある女子大がある土地で、伯父の家にもなじみがあった。とはいえ、久しぶりの日本での暮らしには戸惑うことだらけ。そんな彼女の前に現れるのが、伯父の友人で庭の手入れをしてくれる70代の秋葉原さん。地元の商店街で生まれ育った彼は、定職に就くことはなく、生家で“親のすねをかじりながら”、両親の介護と看取りを経験。今は高齢結婚した妻とともに、自宅の屋上で野菜を育てている。そんな秋葉原さんの生き様に触れながら、同時に沙希は女子大の教え子たちとも授業以外の場で交流を持つようになる。年齢や性別、立場を超えた人たちから刺激を受ける沙希を優しく見守ってくれるのが、庭にある草花や、柿などの植木たち。そしてお祭りなど、地域に根づいたイベントだった。うらはぐさでの暮らしになじみつつある中で、沙希は秋葉原さん夫妻が暮らすエリアが、再開発されるのを知ることに――。

時代の移り変わりとともに、街もその姿を変えていくもの。変わることで便利になる一方で、失われてしまう風情もある。沙希は“みんなが納得いく街の在り方や住まい方は?”と、考えを深める。秋葉原さんや教え子らの行動も、彼女にヒントを与えることに。こうした小さなエピソードが積み重なり、ラストまで読みごたえは十分。個性的な人々が多く登場するこの小説だけど、誰かとゆるくつながって生きるのは、おもしろいのだと思わせてくれる。また、うらはぐさの四季や、沙希の手料理の描写も味わい深い。彼女のように心に余裕を持ちたいときは、ぜひ手に取りたい長編小説。