オルタナティブ発想の天才–国産ロケットの父・糸川英夫の頭の中

AI要約

糸川英夫氏は多岐にわたる分野で活躍し、オルタナティブ発想が創造の基本であることを示唆している。

糸川氏はオルタナティブを生み出す思考パターンを持ち、異なる要素や異なる資質を組み合わせて新しいアイデアを生み出す方法を重視していた。

彼のオルタナティブ発想は、水平思考と垂直思考を組み合わせることで探求され、独自のイノベーションにつながっていた。

オルタナティブ発想の天才–国産ロケットの父・糸川英夫の頭の中

日本の「ロケットの父」として知られる糸川英夫氏は、宇宙開発以外にも、脳波測定器やバイオリン製作など生涯にわたり多分野で活躍をしたイノベーターだった。この連載では、糸川氏が主宰した「組織工学研究会」において、10年以上にわたり同氏を間近で見てきた筆者が、イノベーションを生み出すための手法や組織づくりについて解説する。

 英語に”PLAN B”という言葉がある。オルタナティブ(代替案)や第2の手段を意味する言葉だが、日本人が苦手な発想だと言われている。このことをマッカーサーは、「日本人は握り拳みたいだ。勝ち戦のときはその強打はものすごいパンチとなるが、敗け戦となるとまったく柔軟性を失う」と表現している。逆に孫正義氏をはじめIT業界から多くの戦略的経営者が出てくる理由は、プログラミングの「もし~ならば~する」という文法(if文)に馴染みがあり、「What’s if」を考える習慣があるからだとも言われている。

(1)オルタナティブ発想は創造の基本

 創造性組織工学(Creative Organized Technology)において、オルタナティブは新しい組み合わせを生み出す必須のプロセスになるので、身につけるべき基本的な発想としている。

 Creative Organized Technologyのチャートで順を追って解説すると、まずは取り組みべき「目標設定」が決まると、その次に「使命分析」から、従来からあるものを構成要素にわける「現状分析」となる。その構成要素にわけたものの1つひとつに対して、それに代わるものを検討する「オルタナティブ」に入る。そこで出てきたオルタナティブ案の組み合わせを考えるのが次の「システム合成」で、さらに、そのなかから最もいいものを選び出すのが「システム分析」になる。そのシステム分析に欠かせないのが「失敗研究」だ。

 このCreative Organized Technologyのフローチャートの流れの1つのフェーズでオルタナティブを出す必要がある。オルタナティブという発想は、新しいものを考える基本になる。

(2)オルタナティブ発想の天才「糸川英夫の頭の中」

 糸川さんは、あらゆる事柄に対してオルタナティブがどんどん出てくる思考パターンをもっている。私は組織工学研究会の事務局員を10年務めたが、糸川さんのオルタナティブを生み出す思考パターンは、他の人にも役立つだろうと事務局をやりながら1枚の簡単なチャートにまとめてみた。それが次のチャートになる。

 このチャートを六本木の組織工学研究会のオフィスにFAXで送ったのは1990年のことだった。そのことはしばらく忘れていたが、1993年に糸川英夫ライフワークの集大成として出版された『糸川英夫の創造性組織工学講座』(プレジデント社)を読んでみたら、なんと「オルタナティブを発見するチャート」としてP205に掲載されていたのである。私には何の相談もなかったので当惑したが、このチャートは唯一、私が糸川さんから認められたものとも言える。

 オルタナティブとは、無から有を生み出すものではない。創造性の基本はこの図にもあるが、オルタナティブの3つの組み合わせから生まれる。

異なる要素のコンバイン(組み合わせ)

異なる資質をもつ人のペア

同じものを多くコンバイン(組み合わせ)

 したがって、この図の名前は「オルタナティブを発見するチャート」となっている。イノベーションや創造性はオルタナティブの新しい組み合わせから生まれるため、オルタナティブは発見するものなのだ。その発見には地球を空間的に水平と垂直に移動することと、時間を過去に遡り探すという2つの基軸がある。

(3)オルタナティブは水平思考と垂直思考で探す

 オルタナティブを出すためには、まず自分が今いる物理的な位置を変えることが簡単な方法だ。今都会に住んでいるとしたら、トカイナカや限界集落に引っ越し住むことで、都会と比較したオルタナティブを考えることができる。たとえば、エルサレムに住むことでマジョリティ(イスラエル人)のなかにいるマイノリティ(パレスチナ人)からのオルタナティブを考えることができる。このように、現在住んでいる居を変えることはオルタナティブを出しやすくなる。

 旅をするのも1つの方法だ。たとえば、インドネシアに旅をしたとしよう。インドネシアでイスラーム(イスラム教)は大変普及しているため、日本の文化にはないワクフ(公共目的の寄進)などの社会システムのオルタナティブが存在する。

 SNSやインターネット、生成AIで獲得する知識もオルタナティブに役立つ。知識を広める方法には読書があるが、本を書いた著者やセミナーの講師に会うという方法も効果的だ。本の著者やセミナー講師には情報が集中的に集まっている。セミナーに参加した後に講師と名刺交換したり、本の著者にコンタクトする手段があれば、講師や著者に会って話してみると、想像以上のものを得ることがある。ただし、情報や知識はもらうだけ(Take&Take more more)だと考えている人は、忙しい相手の時間を消費する意味でも失礼なことなので、講師や著者に会おうとしない方がよい。タダで人を利用するのは相手に対してあまりにも失礼なことだからだ。

 時間軸を過去に遡りオルタナティブを探すことも有効だ。俗に言う歴史に学ぶという方法論だ。ここでは歴史を、業界・他社・自社の歴史、技術の歴史、日本の歴史、世界の歴史の4つの視点にわけている。特に最近の生成AIは優秀なので、過去の歴史からオルタナティブを探すのが容易だ。

 このように糸川さんはこの図にある(1)居をかえる、(2)旅をする、(3)知識を広める、(4)情報を集めるという水平思考と、(5)業界・他社・自社の歴史、(6)技術の歴史、(7)日本の歴史、(8)世界の歴史から探すという垂直思考を駆使してオルタナティブを発見し、それらを組み合わせてイノベーションにつなげていたのである。

 ただし、(9)逆境のときであったり、(10)達成すべき目的を先に発表したり、(11)社会的な責任を自覚していたり、(12)自分以外の異質な人との会ったりすることで、(1)~(8)の方法でオルタナティブを探しているため、見つけやすいのである。

(4)夢の技術(解明)→ハイテク(証明)→汎用技術(量産)→ローテク(維持)

 JAXA宇宙科学研究所の國中均所長は、「エンジニアリングとは人間がものを創る行為である。学問とは真理をめぐる人間関係である」で、学問や技術開発・イノベーションのライフサイクルを、夢の技術(解明)→ハイテク(証明)→汎用技術(量産)→ローテク(維持)としている。つまり、夢の技術であったものが宇宙開発における技術開発により形になり現場で実証され、使いこなされて汎用化し、そして身の回りの普段のローテクに変わる波の流れを表している。

 宇宙空間における技術開発は、将来の汎用技術を生み出すオルタナティブと言える。たとえば、アポロ計画で実証された燃料電池は、トヨタのMIRAIなどのFCV(燃料電池自動車)や家庭用燃料電池システム(コージェネレーションシステム)、ポータブル電源などになり、量産化されつつある。また、宇宙飛行士の飲料水の確保のための逆浸透厚膜の技術は、乾燥地帯での海水淡水化プラントや家庭用の浄水器などに活用されるようになり、すでに量産化されている。

 日本の宇宙開発で生まれた技術として、国仲氏は次を列挙している。

 「谷先生は層流乱流研究で大きな波を作られた。糸川先生は固体ロケット技術で波を起こし、後進が大波に成長させた。長友先生はたくさんの小波を興し、それに刺激された仲間たちが液酸液水ロケット・電気ロケット・SEPAC・SFUを実現させ、その他の波も成長の最中だ」

 いずれも宇宙開発の中で生まれ、宇宙開発において実証化されているものばかりだ。宇宙ビジネスとして民間でも活用されることはあったとしても、アポロ計画におけるFCVや家庭用浄水器のように民生化し量産される可能性は少なさそうだ。つまり、これらは宇宙業界という閉じた分野で起きている波と言える。

 糸川さんが宇宙開発で起こした波は固体ロケット技術だけではない。糸川さんが「システム工学」という言葉を使いはじめたのはペンシルロケットの頃で、その頃すでに組織工学(創造性組織工学、糸川流システム工学)という言葉を作っていた。『私の履歴書』(日本経済新聞)には、次のように書かれている。

 「昭和39年(1964年)には、赤坂の三銀ビルというビルの一室をポケットマネーで借りて、ここに『システムズ・リサーチ・ラボラトリー』(組織工学研究室)の看板をかかげて、少数グループの勉強会をスタートしていた。- 中略 - 昭和40年(1965年)からの私の東京大学内での講義名は、それ以前の宇宙工学を、後任の秋葉鐐二郎にわたし、『組織工学』と変えている」

 糸川さんは1967年に東京大学を退官した年に発足したのが会員制の「組織工学研究会」で、ここには国鉄(現JR)や日本専売公社(現日本たばこ産業)の研究所を含め、200社程度の会員が集まった。糸川さんがやりたかったことは、アポロ計画で実証された燃料電池や逆浸透圧技術が民生化され量産されると同じように、宇宙開発で生み出し実証された創造性組織工学を民生化し、日本中の企業に普及させたかたったのである。

 そうすれば、一種の模倣国家ではないかと批判を受けてきた日本が、「和の精神」「みんなで渡ればこわくない」という文化的特性を活かした上で、クリエイティブなものを生み出せるようになると考えたのだ。つまり、宇宙開発で生み出される技術のオルタナティブとして、創造性組織工学が位置づけられることを意味する。