ブルー・オーシャン戦略にまつわる10の誤解【後編】

AI要約

ブルー・オーシャン戦略の誤解に関する記事の要点を3つの段落にまとめると、低価格を重視する低コスト戦略とブルー・オーシャン戦略の違い、イノベーションとブルー・オーシャン戦略の相違、マーケティングやニッチ戦略とブルー・オーシャン戦略の関係が重要なポイントである。

また、ブルー・オーシャン戦略は競争を否定しているわけではなく、競争が望ましい範囲を超えると追求すべき新市場を開拓する必要性があること、そして創造的な破壊や非連続的変化とは一線を画し、補完的な創造を重視することも重要である。

これらの要点を押さえながら、ブルー・オーシャン戦略の理論と実践を深めるために、誤解を避けつつ、新たな市場を切り開くための充実した戦略が求められる。

ブルー・オーシャン戦略にまつわる10の誤解【後編】

 ──前回の記事:ブルー・オーシャン戦略にまつわる10の誤解【前編】

■(6)「ブルー・オーシャン戦略は、低価格を重視する低コスト戦略である」という誤解

 これは言うまでもなく、レッド・オーシャン戦略の罠5と表裏一体の関係にあり、この罠に陥る事例も頻繁に現れる。

 念押しになるが、ブルー・オーシャン戦略は市場の境界を引き直すことで、差別化と低コストを同時に追求する。といっても、低コストそれ自体に重点を置くというより、コストを抑えながら顧客により大きな価値をもたらそうとするのだ。しかも、低価格ではなく戦略的な価格設定により、多数の対象顧客を獲得する。

 ここでのカギは、競合他社の価格には対抗せず、業界の非顧客層が購入する代替品を意識して値段を決めることにある。 戦略的な価格設定を行うなら、市場のローエンドにブルー・オーシャンを創造する必然性はない。シルク・ドゥ・ソレイユ、スターバックス、ダイソンのようなハイエンド、サウスウエスト航空やスウォッチのようなローエンド、はたまた中間価格帯、どこにでもブルー・オーシャンは開拓できる。

 サウスウエスト航空とスウォッチは、それぞれ航空業界と腕時計業界で最低水準の価格とコストを実現しているが、「両社ははたして低コストだけを武器にしているのだろうか」と自問してほしい。たいていの人は「ノー」と答えるだろう。両社の製品やサービスが低コスト、低価格であるのは確かだが、顧客の目から見て傑出しており、明らかに差別化ができている。

 サウスウエスト航空は親しみやすく、速く、それでいて地上交通と大差ない運賃設定である。スウォッチはスタイリッシュで楽しいデザインで他社を凌駕し、強いファッション性を打ち出している。つまり、どちらも市場のローエンドに位置していながら、「安くてしかもほかと違う」とみなされているのだ。

 この点を見過ごして、ブルー・オーシャン戦略を低コスト、低価格の同義語だと思い込むと、最安値で製品やサービスを提供しようとするあまり、何かを「減らす」「取り除く」ことばかりに躍起になる。こうして、他社との違いを際立たせてブルー・オーシャンへと漕ぎ出すために必要な、何を「増やす」「創造する」べきかという視点を忘れてしまう。  

■(7)「ブルー・オーシャン戦略は、イノベーションと同じである」という誤解

 ブルー・オーシャン戦略はイノベーションそのものとは異なる。イノベーションは、ブルー・オーシャンとは違って非常に幅広い概念である。その土台をなすアイデアは独創的で有用だが、価値を飛躍的に高めて多くの顧客の心をとらえることができるかは、別の問題である。

 モトローラの衛星携帯電話サービス、イリジウムを例にとりたい。イリジウムがイノベーションの成果であるのは疑いようがない。世界のどこからでも使えて有用な、最初の携帯電話サービスだったのだから。では、バリュー・イノベーションの条件を満たしていたかというと、そうではない。モトローラが痛感したとおり、テクノロジーのブレークスルーは必ずしも、価値を飛躍的に高めて多数の購入者を獲得するわけではないのだ。

 イリジウムは偉大なテクノロジーに基づく有用なサービスで、ゴビ砂漠のような地の果てを含む世界中を提供地域としていたが、建物内や車内など、移動や出張の多いグローバル・エグゼクティブが最も必要とする場所では使えなかった。対象顧客である企業幹部に向けて、従来と比べて飛躍的に大きな価値を提供することはできなかったのである。

 実際、テクノロジーの革新者の多くは、ブルー・オーシャン戦略の基本をなすバリュー・イノベーションを、一般のイノベーションと混同し、そのせいでブルー・オーシャンの創造と制覇に失敗する。イノベーションではなく、バリュー・イノベーションこそが、ブルー・オーシャン戦略の要である。イノベーションによって独創性と有用性を備えた製品やサービスを生み出すだけでは、たとえ会社が称賛され、研究者がノーベル賞に輝いたとしても、ブルー・オーシャンを創造、支配することはできない。

 商売の観点で魅力的なブルー・オーシャンを我がものにするには、価値提案、利益提案、人材提案を整合させて差別化と低コストを同時に追求する戦略が必要となる。バリュー・イノベーションと単なるイノベーションの相違を肝に銘じ損ねると、たいていの場合、画期的なイノベーションを実現したものの、対象顧客を多数獲得することはできず、概してレッド・オーシャンにくすぶり続ける結果になる。  

■ (8)「ブルー・オーシャン戦略は、マーケティングを軸としたニッチ戦略である」という誤解

 確かに、ブルー・オーシャン戦略のフレームワークとツールは、レッド・オーシャンから抜け出そうとする組織にとって、マーケティング上の課題をとらえ直し、分析し、解決するうえで有用である。特に、(『[新版]ブルー・オーシャン戦略』の最初の数章で取り上げた)ブルー・オーシャンの価値提案を練る際に役立つはずである。

 とはいえ、ブルー・オーシャン戦略を成り立たせるには、魅力的な価値提案だけでは足りない。『[新版]ブルー・オーシャン戦略』の後半で説明したように、成功が持続するのは、価値提案が社内外の主な関係者に支持され、強力な利益提案によって補完された場合に限られる。

 このため、ブルー・オーシャン戦略を近視眼的にマーケティングと同一視すると、高業績を持続させる戦略を築くのに必要な総合的なアプローチが見えなくなる。組織面のハードルを乗り越える、人々の信頼と献身を引き出す、魅力的な人材提案を通して適切なインセンティブを設ける、といったことを忘れてしまうのだ。このようにブルー・オーシャン戦略を正確に理解せずにいると、往々にして、価値、利益、人材の三つの戦略提案の整合性がとれなくなる。

 ブルー・オーシャン戦略をニッチ戦略と混同するのも望ましくない。マーケティング分野では、精緻なセグメンテーションによってニッチ市場を巧みに手中に収めることが重視されているが、ブルー・オーシャン戦略はこれと逆の方向を目指す。買い手グループ間の大きな共通点に注目して市場の脱セグメンテーションを図り、できるかぎり大きな需要を取り込もうとするのだ。ブルー・オーシャン戦略とニッチ戦略の区別がつかない実務者は、買い手グループ間の共通点を糸口にして新規需要のブルー・オーシャンを探そうとするよりも、既存業界の各ニッチ市場における顧客層の違いを知ろうとしてばかりいる。

■ (9)「ブルー・オーシャン戦略は、競争が好ましい場合でさえも、悪だとみなす」という誤解

 ブルー・オーシャン戦略は競争を悪とは見ていない。ただし、伝統的な経済理論とは違い、競争はつねに望ましいという考え方とも一線を画す。

 経済学の分野では従来、「競争がなければ、企業は製品やサービスの改善に向けたインセンティブを持たないが、競争があると値下げや改善に懸命に取り組まざるをえない」とされていた。しかし、個別企業に着目した場合、競争が望ましいのはある程度までである。

 供給が需要を上回る業界は増加傾向にあり、これが起きると、競争の激化はともすると利益ある成長を妨げる。一定の顧客層により多くの企業が群がるため、値下げ圧力の増大、利幅の低下、製品やサービスの陳腐化、成長の鈍化が起きる。需要の拡大や新規需要の創出がなされないまま、既存需要のより大きな部分をつかみ取るための競争が続くと、これに参加する企業の財務に悪影響が及ぶはずである。

 だからこそブルー・オーシャン戦略では、競争状態や、ライバルがひしめき合う業界で製品やサービスを、ただ改善する状態に甘んじるのではなく、バリュー・イノベーションによって新規市場を切り開いて競争のない状態を生み出そうとするのである。したがって、既存市場での競争手法を理解することも重要ではあるが、ブルー・オーシャン戦略は、市場構造が自社にとって不利な場合に業界の垣根をどう再定義して新規市場を開拓するかという、きわめて重要な課題と向き合うのだ。産業界のたゆまぬ刷新と成長を促すために、このように競争に対処するわけである。

■ (10)「ブルー・オーシャン戦略は、創造的破壊や非連続的変化と同じである」という誤解

 創造的破壊や非連続的変化が起きるのは、イノベーションの成果が従来のテクノロジー、製品、サービスに取って代わり、市場の激変を引き起こしたときである。この「取って代わる」という言葉が大きな意味を持つ。というのも、これがなければ市場の非連続的変化は起きないからだ。

 写真を例にとれば、デジタル写真のイノベーションがフィルムを事実上不要にして、フィルム業界を息も絶え絶えの状況へと追い込んだ。こうして今日ではデジタル写真が一般的になり、フィルムは稀にしか使われない。したがって非連続的変化とは、シュンペーターが唱えた創造的破壊、つまり、古いものが新しいものによって次々と破壊されるか取って代わられる状態と、おおむね一致する。

 だが、ブルー・オーシャン戦略は非連続的変化とは異なり、新しいものが古いものに取って代わるとか、激変を必然的にもたらすわけではない。創造的破壊にとどまらず、破壊をともなわない創造をも含む幅広い概念であり、後者を最重要と位置づけている。

 ライフスタイル医薬品分野のブルー・オーシャンを創造したバイアグラを例にとりたい。バイアグラは、従来のテクノロジーや製品・サービスに取って代わって、既存業界に非連続的変化をもたらしたかというと、そうではない。破壊をともなわない創造によってブルー・オーシャンを切り開いたのである。ブルー・オーシャン戦略は、既存市場の境界を引き直すことにより、その内外に新規市場をつくり出すのだ。バイアグラのように既存業界の枠を超えて新規市場を生み出す場合は、再構築を通して、破壊をともなわない創造が実現する傾向がある。

 とはいえ、再構築が既存業界内で起きる場合であっても、往々にして、ブルー・オーシャン戦略によって破壊をともなわない創造もまた実現する。一例として任天堂のWiiは、ゲーム機業界の中にブルー・オーシャンを創造した。創造的破壊の要素を備えていたのである。ところが、Wiiが生み出した躍動的な家庭用ゲームという新市場は、破壊をともなわない創造の要素のほうが大きかったため、既存のゲームに取って代わったり、非連続的変化をもたらしたりするというより、むしろ補完的な役割を果たした。

 たいていの企業、あるいは政府機関が経済成長を促すうえでの主な目標は、ブルー・オーシャン戦略によって、創造的な破壊にとどまらず、破壊をともなわない創造を実現することだろう。したがって実務上は、「何がその原動力になるのか」という大きな問いが持ち上がる。ここで肝要なのは、ブルー・オーシャン戦略の狙いが、業界がすでに抱える課題に関して、よりよい、あるいはより低コストの解決策を見つけることではない点である。そのような解決策はともに、非連続的変化をもたらすか、既存の製品・サービスに取って代わるか、どちらかである。

 ブルー・オーシャン戦略の本質はむしろ、課題そのものを定義し直す点にある。これを実践すると往々にして、新たな需要を喚起するか、既存の製品やサービスを不要にするのではなく、補完する何かを生み出す。その意味で、第3章で紹介した6つのパスは、業界が直面する課題を再定義して新たな市場を切り開くための体系的な方法であり、重要性が高い。

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 本書『[新版]ブルー・オーシャン戦略』のアイデアや手法を適切に活用するには、ブルー・オーシャン戦略の基本要素のみならず、レッド・オーシャンの罠の裏にある誤解をも、しっかり把握しておく必要がある。それら誤解の中には抽象的なものも含まれるが、ブルー・オーシャン戦略のツールや手法を用いて目的を果たそうとするなら、レッド・オーシャンの罠に陥らないように、すべての誤解を警戒しなくてはならない。だからこそ筆者たちは、レッド・オーシャンの罠を明快に説明しておくべきだと考えた。それができて初めて、「ブルー・オーシャン戦略の理論と実践の溝を埋める」という究極の目標に向けて、一歩前進できるのだ。