【対談連載】ディスカヴァー・トゥエンティワン 代表取締役 兼 社長執行役員 谷口奈緒美(下)

AI要約

ディスカヴァー・トゥエンティワンの本の奥付は、基本的な情報だけでなく編集部門、営業部門、管理部門の名前も掲載されており、みんなでつくり、みんなで売るという文化が表現されている。

宝塚に入りたかった経歴を持つ谷口奈緒美さんが、宝塚入りを断念して、エグゼクティブ・コーチングを受けてリーダーシップを確立し、社長としての一歩を踏み出す。

谷口さんはコミュニケーションを重視し、フラットで横断型のコミュニケーションを通じてチームの関係性を強化している。それが会社全体の雰囲気にもいい影響を与えている。

【対談連載】ディスカヴァー・トゥエンティワン 代表取締役 兼 社長執行役員 谷口奈緒美(下)

【平河町発】書籍の奥付(おくづけ)というのは、本の最後のほうに、題名や著者名、発行日、出版社名などを表示するページのことだ。ところが、ディスカヴァー・トゥエンティワンの本の奥付には、これらの基本的な事柄のほかに、編集部門、営業部門、管理部門全員の名前が掲載されているのである。出版社やメーカーにありがちな「私、つくる人。あなた、売る人」という区分けではなく、「みんなでつくり、みんなで売る」という考え方がこの1ページに投影されているように感じられる。

(本紙主幹・奥田芳恵)

●宝塚のスターを夢見た中高生時代

芳恵 谷口さんは九州・宮崎のご出身というお話でしたが、宮崎ではどんな学生時代を過ごされたのですか。

谷口 実は、宝塚に入りたかったんですよ。

芳恵 えっ! あの宝塚歌劇団ですか。

谷口 そうです。宝塚に入りたくて、高校2年までは、歌や踊りのレッスンに通っていたんです。

芳恵 ということは、実際に宝塚音楽学校を受験されたのですね。

谷口 高校2年のときに、1回だけ受けました。

芳恵 そもそも、なぜ宝塚だったのでしょうか。

谷口 中学生のとき、テレビで宝塚の公演を見て、自分も舞台に立ちたいと思ってしまったんですね。それで、両親には「宝塚に入るか、留学したい」と宣言したんです。

芳恵 ご両親はなんとおっしゃいましたか。

谷口 「そんなに好きならやってみればいい」と言ってくれましたが、宝塚の受験は1回だけ、大学受験での浪人は許さない、学校の成績が落ちたらレッスンをやめさせる、という取り決めをしました。だから、一時は修行僧のような生活でしたね(笑)。

芳恵 それで宝塚の試験は?

谷口 夢を見ているうちは受かるかもしれないと思うのですが、実際に試験を受けると自分の実力が客観的に見えてきます。だから、受けた時点でこれはダメだと思いました。

芳恵 簡単にあきらめはついたのですか。

谷口 実力差を実感したので、かえって切り替えができました。ならば、宝塚を研究しているサークルがあって、演劇を学べる大学に行こうと思ったのです。

芳恵 舞台で歌い踊ることはかなわなくても、自分の好きな宝塚を研究しようと……。

谷口 ただ、その条件を満たす大学はあまりなく、浪人も許されていなかったので、高校3年のときに一年間集中して勉強し、早稲田大学に進むことができました。

芳恵 このときのご両親の反応は?

谷口 宝塚に受かったらどうしようかと思っていたようで、早稲田に決まってホッとしたみたいですね。両親は二人とも学校の体育教師で、私には陸上で五輪に出てほしいと思っていたようですが、私がいっこうに興味を示さなかったのでがっかりしていたのかもしれません(笑)。

 

●大きな転機となったコーチングのフィードバック

芳恵 ところで、谷口さんが社長に就任された直後の2020年4月は、まさにコロナ禍が本格化した時期でした。たいへんでしたね。

谷口 そうですね。社長を継ぐタイミングで、コロナという緊急事態への対応は待ったなしでしたから。社内的には比較的早くリモート勤務に切り替えましたが、書店さんを訪問することができずコミュニケーションが取りにくくなったことは、直取引をする当社にとってかなりのダメージになりました。

芳恵 当時は、取材にしても営業にしても、直接訪問することがほぼ禁じられているような状態でしたものね。そんな逆風の中で社長としての第一歩を踏み出されたわけですが、経営者という側面ではどんな苦労がありましたか。

谷口 私はカリスマ編集者でもあった前社長(干場弓子氏)の跡を継いだわけですが、経験も少なく、カリスマ性もなく、営業畑出身と、干場さんとはまったく異なるタイプです。だから、比べても仕方がないのですが、そんなとき関連会社であるコーチ・エィによるエグゼクティブ・コーチングを受けました。このエグゼクティブ・コーチングでは、コーチが私の身の回りにいる人に匿名でインタビューし、それをレポートとして私にフィードバックするのですが、その内容は心が痛むほど率直なものだったんです。

芳恵 「心が痛むほど」ですか。

谷口 そうですね。たとえば「社長の器ではない」とか「サポーター気質だ」とか「リーダーシップがいま一つ」といった内容で、このフィードバックを受け取ったときは、正直なところだいぶショックでした。

芳恵 なるほど。匿名だけに、オブラートにはくるまれていないのですね。

谷口 でもこのとき、指摘されたことを一つ一つ変えていけばいいんだと思えたんですね。そのうえで、自分なりのリーダーシップを構築すればいいということを明確に自覚したのです。そのためには、できるだけ話をして、コミュニケーションの質と量を増やすことが必要だと感じ、それ以来、指示や決断がはっきりとできるようになりました。

芳恵 エグゼクティブ・コーチングによって、谷口さんに対する他者の認識を突きつけられたことが、リーダーとしての姿勢を確立するうえで功を奏したのですね。

谷口 もしかすると、それまでは自分のなかにふわっとした覚悟しかなかったのかもしれません。それがこの機会に確固としたものに変わり、もう逃げることもないと思えるようになりました。

芳恵 「自分なりのリーダーシップ」というのは、どんなかたちなのでしょうか。

谷口 相手が新入社員でも役員でも、話をしたいと思ったら、その場で必ずコミュニケーションをとるということです。フラットで横断型のコミュニケーションと言ってもいいと思いますが、誰とでもたくさん話すことで関係性をつくり、みんなが各部門の責任を持ち会社をつくっていくというスタイルですね。

芳恵 こうしてお話をしていると、谷口さんは人の心をつかむのがお上手なことがわかります。その秘訣はどんなところにあるのでしょうか。

谷口 これを秘訣というのかどうかわかりませんが、お会いする相手を常に尊敬し、信頼関係を築いていくことが大事なのではないかと思います。

芳恵 ご自身の今後を見据えて、社長としてどんなことを考え、やっていきたいと思われますか。

谷口 新事業関連で他の出版社の社長さんたちとも仲良くさせていただいているのですが、みなさん、コンテンツへの知見が非常に深く、それぞれの出版事業の歴史の重みを感じさせられました。

 それに比べれば、私はまだまだ若輩者ですが、読者のみなさんに提供するものの価値をもっと高めたいと思っており、自分の能力を含め、その部分を飛躍的に会社として伸ばすために何が必要なのか模索しているところです。

芳恵 今日はお忙しいなか、ありがとうございました。私にとっても、とても参考になるお話が満載でした。

 

●こぼれ話

 元気な赤で彩られた明るいオフィスが、谷口奈緒美さんのはつらつとした雰囲気と重なる。ディスカヴァー・トゥエンティワンは、「21世紀を拓く会社」としてスタートし、40年目に突入した歴史ある出版社だ。人々が当たり前の「覆い」を外して新たな自分へ変革するためのコンテンツを創造・提供するという。そのミッションを体現するように、谷口さんから受ける印象やオフィスの雰囲気はワクワクするような活気を感じる。オーディオブック、電子書籍などコンテンツのデジタル化に力を入れている同社は、出版業界の大きな変革期に楽しくチャレンジしている様子がうかがえる。ためらわずに行動する谷口さんの姿勢が影響しているのだろうと推察する。

 谷口さんはとても気さくで、あいさつを交わした瞬間から話が弾んだ。私たちが「松坂世代」で意気投合しやすかったというわけではない。初対面でも構えることなく、話しやすい雰囲気をつくってくださるのだ。社員の方に聞けば、お客様ともすぐに仲良くなるそうだ。相手を尊重し、会話を通して信頼を紡ぐ姿勢が染みついているのだろう。社内でも良好なコミュニケーションがとれていることが想像できる。谷口さんは、毎朝、会話をする目標人数を定めているのだそう。それほど、自らコミュニケーションを取りにいくことを大切にしておられる。ディスカヴァー・トゥエンティワンでは、一人の編集者が一冊を担当するのではなく、編集チームを組んで本づくりをしている。チーム制が組めるのも、社内全体でフラットなコミュニケーションが浸透しているからこそだ。

 出版社は紙の本で情報を伝えることを主としてきた時代から、いまや紙・電子書籍・オーディオブックと、その伝達手段は多様化している。提供したいコンテンツを人々に合ったかたちで届ける。もっと自由に大胆にやってみたらいいんじゃない。そんな考え方が、ディスカヴァー・トゥエンティワンという出版社を面白くしているのだろう。そして、その先頭を行くのは、臆せず前へ突き進む谷口さんがぴったりだ。まさに、自身を制限するあらゆる「覆い」を外せる人なのだから。

(奥田芳恵)

 

心にく人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。

 

奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)

 

<1000分の第353回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。