デザイナーはAIにどのような“体”を与えるべき? Nothing CEOと深澤直人が語り合った『Phone (2a) Special Edition』発売記念イベント

AI要約

Nothingが新しいスマートフォンモデル『Phone(2a)』の特別カラーリングモデルを発売した。

NothingのCEOとプロダクトデザイナーがトークショーを開催し、ブランドのビジョンやデザインについて語った。

AIを活用したデザインや人間の感覚についても議論され、プロダクトデザインの喜びや日本人特有のUIについても言及された。

デザイナーはAIにどのような“体”を与えるべき? Nothing CEOと深澤直人が語り合った『Phone (2a) Special Edition』発売記念イベント

 Nothingのスマートフォンシリーズ3作目となる『Phone(2a)』の新たなカラーリングモデルである『Nothing Phone (2a) Special Edition』が5月29日に発売された。

 Nothingといえば、透明なボディが特徴的なスマートフォンや完全ワイヤレスイヤホンで知られるテックブランドだ。プロダクトデザインに注力しており、スウェーデンの電子楽器メーカー・Teenage Engineeringとの提携や、元ダイソンのアダム・ベイツがデザインディレクターを務めることで知られている。

 7月5日には『Nothing Phone (2a) Special Edition』の日本発売を記念し、NothingのCEO、カール・ペイ氏と、プロダクトデザイナーの深澤直人氏によるトークショーが開催された。モデレーターはNothing Japanのマネージング・ディレクター黒住吉郎氏が務めた。

■「デザイナーの夢を叶える会社」にしたい

 深澤氏は世界中でiPhoneが多くのシェアを持つ状況を指し、「何億人という人々が同一の製品を使用することは、これまでになかった」と口火を切る。そんなところにNothingが現れ、「なんとも表現しがたい、新しい魅力を持ち込んだ」と、そのプロダクトデザインに好感を抱いていることを冒頭から明かす。そして、Nohingのようなブランドの登場は、スマートフォン史上において10年以上続くiPhoneの覇権に、多くの人が「飽きてきた」からではないかとくわえる。

 一方で、広島市の家具メーカー・マルニ木工と深澤が手掛けた椅子『HIROSHIMA』がApple Parkに導入された事例を挙げ、「クラフトとプラットフォーマーが手を組んだ面白い事例」として紹介した。深澤氏は、ガジェットの世界においては歴史的名作と評価の高い携帯電話『INFOBAR』を手掛けた人物だが、日本民藝館の館長を務めるなど、工芸や民芸とデザインとの関係を探求する顔を持つ。

 ペイ氏も「テック業界が面白くなくなっている」と深澤氏に同意し、これを打破するために、「デザイン」を駆使しNothingを立ち上げたと語り始める。

「いろんなところから着想を得ようと思い、映画などさまざまなところからアイデアを取り入れようとしてきました。そしていきなりプロダクトを作るのではなく、まずどのような方向に進むかを決めるブランドブックを作るところから始めたんです」

 ペイ氏は、Nothingの社内でデザイナーが“非常に強い力”を持っている理由をこう続ける。「ソニーミュージアムのエントランスに、ソニー製品が誇らしげに展示されていた写真が心に残っているんです。10年後、自分たちもこれをやりたいと思いました。ソニーは『エンジニアの夢を叶える会社』というステイトメントを掲げていましたが、Nothingは『デザイナーの夢を叶える会社』にしたいんです」

■AIはどんな“見た目”がいいのか?

 次の話題は、「プロダクトデザインに対して、AIをどのように活用していくべきか」というものだった。

 ペイ氏は、「誰が次の時代のコンピューティングを定義付けていくのかというレースがはじまっており、これには3つの観点がある」と語りはじめる。

 1つ目は「コンピューターが人間のことをより知る(=情報を得る)」こと。2つ目はそこで知った情報を活用することで、ユーザーの無用な負担を減らすような「ユーザーを手伝える存在となる」こと。そして3つ目は、そういった高度なテクノロジーに合わせた、「UIデザイン」を生み出すこと。特に、今後やってくるであろう、“アプリが姿を消す時代”においてどういったデザインが求められるのかを、Nothingも模索している状況だということだ。

 一方深澤氏は、AIについて「エンボディメント」をキーワードに語り始める。

 「エンボディメント」とは具現化・身体化などと訳される言葉で、つまりAIにどのような「体」を与えるか、ということだ。1990年代、深澤氏がカリフォルニアの企業・ID Two(現IDEO)に所属していた頃、グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)が登場し、Appleはこの分野で一歩リードしてみせ、これが劇的な変化だったと話す。

 そして現在のAIに重ね合わせ、「ぼくらはすでにAIにどっぷり使った世界にいるが、一般の人はそれを認識しづらいので不安材料でもある」と話す。AIは一般的に脳や人型をモチーフとしたビジュアルで登場することが多く、それが無用な忌避感を煽っているのではないか、ということだ。つづけて、AIは形のない存在であるからこそ、デザインによってどのように姿を与えるのかが重要になってくる、と訴えた。

 ペイ氏もこれにうなずき、「人々は仕事やクリエイティビティが奪われてしまうかもしれないとAIに対して恐怖を感じている」と実感を語る。だからこそ、サービスを提供する企業の透明性や正直な姿勢が大切であり、AIの開発を目的とせず、あくまで課題解決のツールであるべき、と話した。

■人間は無意識の感覚も使ってものを見ている

 トークイベントも終盤に差し掛かり、深澤氏は自身が館長を務める民芸館でのエピソードを語りはじめる。

 それは朝鮮時代の器の破片を展示する会でのことだったという。そこで目にしたのは割れた器の破片だったが、器の一部を見ただけで「器の全体像がかっこいいものだったとわかった」「これは自分にとっても初めての体験でした」と驚きを口にした。

 つまり深澤氏によれば、人間は視覚や聴覚、触覚など自身で意識している感覚だけでなく、無意識的なセンサーまで駆使して世界を感じ取っている、というのだ。そして、AIのような実態のないものに姿を与える場面ではこういった自覚を持てることがかなり重要になってくるというのだ。

■AIが「すいません」を覚えたらどうなる?

 「デザインに関わってきて一番うれしかったことは?」という質問が二人に飛ぶと、深澤氏は、ビジネス的な利害の外で同じ興味を持つ人とともにものを作り、これまで存在しなかったものの「姿が現れる瞬間」や「なにかがうまれていく」という、作ることそのものの根源的な喜びを語った。

 またペイ氏も誕生の喜びに同意しながら、「(ものを生むための)舞台裏の苦しみもたくさんある。キャシュフローやサプライチェーン、人材など(笑)。なんでここまでしてやらなきゃいけないんだろうと思うこともある」と、ビジネスパーソンとしての顔を覗かせながらも、道を歩いているときに自分が作っているものを身につけている人を目にする瞬間に喜びを感じることや、さらにフィジカルプロダクトと実態を持たないアプリケーションとのはっきりとした差について語った。

 トークショー最後の締めの挨拶では、深澤氏が「日本人特有のUI」についての話を披露した。

 そのUIとは「すいません」という言葉だという。日本人は一見きっちりしているようで、その実かなりルーズな場面が多い。そして「すいません」という言葉が、そのルーズさを補完するためのバッファーとして機能していると指摘、「だからAIにすいませんを覚えさせたらやばいですよ(笑)」と、なんとも興味深い発言を残した。

 そしてペイ氏はNothingの製品は世界の中でも特に日本で好意的に受け止めてもらっていると日本への印象を語り、「今後もさらに頑張って、道を歩いている人がプロダクトを使っているところを見られるようにしたい」と、率直な思いとともにイベントを締めくくった。

 こうして世代をまたいだプロダクトデザイン談義は幕を閉じた。およそ30分という短い時間ながらも、二人の間で共有しているものの多さを感じずにはいられない貴重なトークイベントであった。