ステージ4から完治へ導く 進行胃がんの「集学的治療戦略」

AI要約

腫瘍外科医ががん治療の最前線で集学的治療を取り入れる重要性

胃がんに対する手術だけでは根治が難しい現状と、集学的治療が有効であること

抗がん剤や分子標的療法などを使った集学的治療がステージ4のがん患者にも希望をもたらす事例

ステージ4から完治へ導く 進行胃がんの「集学的治療戦略」

 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で勤務する腫瘍外科医、生駒成彦医師のリポート第2回は、ステージ4でも完治を目指す「集学的治療戦略」についてです。

 【手術成功しただけでは治せない場合が大半】

 今回は、進行胃がんに対する「集学的治療」についてお話ししたいと思います。

 「医龍」「コード・ブルー」「ドクターX」。人気の外科医ドラマはたくさんありますが、実はどれも専門の違う外科医たちのお話です。「医龍」では天才心臓外科医が難手術“バチスタ”に挑み、「コード・ブルー」では救急外科チームが交通外傷で瀕死(ひんし)の患者さんたちの命を救い、「ドクターX」は…なんでもできる外科医みたいです。

 聞き慣れないかもしれませんが、私の専門は“腫瘍外科医(Surgical Oncologist)”です。米国では5~7年間の一般外科の研修医(レジデンシー)をすることで、さまざまな専門の手術を研修して総合的な外科医としての実力をつけていきます。長い一般外科研修を終えた後、さらに2~3年間の研修(フェローシップ)を必要とされているのが、「がん(悪性腫瘍)」の手術を専門にするための腫瘍外科という専門です。

 腫瘍外科医の役割は、手術してがん腫瘍を取り除くだけでなく、抗がん剤や放射線療法などを含めた、がんの「集学的」治療を科学的根拠に基づいて使用し、最善の結果を患者さんに届けるための戦略を立てるリーダーとなることです。残念ながら、手術だけで根治を約束できるがんは少なく、「私、失敗しないので」とは言っても手術が成功するだけでは治せない場合が多いのが現状です。腫瘍外科医は目で見えるがん腫瘍だけでなく、それぞれのがんの特性や、転移・再発パターン、個々の腫瘍の遺伝子変異などの検査を基に適切な治療を選び、目に見えないがんの細胞のことまで考えているのです。

 胃がんもその集学的治療が、がんの根治の可能性を大きく高めることのできるがん腫の一つです。2005年ごろから日本でも欧米でも手術だけでは進行胃がんの根治の可能性は低く、抗がん剤などの補助療法を加えることで生存予後が延びる(患者さんが長生きできる)という報告が相次ぎました。

 【手術前に抗がん剤投与 欧米で主流の治療法】

 日本では、手術先行で回復してから抗がん剤を使う、という治療方針が主流ですが、欧米では2004年にオランダから発表された「MAGIC試験」という胃がんの術前・術後に使った抗がん剤療法が、手術だけの場合よりも大幅に生存予後を改善したという報告を基に、手術の前に抗がん剤を投与するという「ネオアジュバント」治療戦略が主流となっています。

 「とにかく早くがんを手術で取ってほしい」という患者さんの希望はよくあります。ですが、我々腫瘍外科医は科学的根拠(エビデンス)に基づいて、できるだけ最高の結果をお届けするために、治療戦略を立てています。大きな手術の後では回復まで時間がかかってしまい、抗がん剤を始めるまでの間に、隠れたがん細胞が育ってしまうということだってあるのです。

 さらに、この20年間で胃がんに限らず抗がん剤の種類は日進月歩。今では免疫療法や分子標的療法、そして放射線療法も進歩にいとまがありません。それらを効果的に使用し、手術をする前から(もしかしたら目に見えてないだけで全身に広がっているかもしれない)がんの細胞を叩くことで、手術の後の再発の可能性をグッと下げることができるのです。

 集学的治療が奏功すれば、すでに他の臓器に広がってしまっている(転移性腫瘍と言います)“ステージ4”のがんであっても、根治を目指して手術ができることもあります。こちらの患者さんは50代の男性で、胃がんの診断で当院に紹介受診されました。治療前の検査の一つとして行う、審査腹腔鏡(ふくくうきょう)というおなかの中にカメラを入れて転移性がんがあるかないかを見るための検査で、肝臓の表面に幾つかの腫瘍が見つかりました。残念ながら転移性胃がん、ステージ4の診断となりました。

 最善の治療戦略を決定するため胃がんから組織を採取してがん遺伝子の検査をしたところ、HER2というがん増殖に影響するレセプターと、PD―L1という免疫チェックポイントをつかさどるタンパク質が高発現されていることが分かったのです。それらのターゲットに特異的に働くように、トラスツズマブという分子標的療法と、ペンブロリズマブという免疫チェックポイント阻害剤を、従来の抗がん剤と同時に使用したところ、大きな効果がありました。

 半年の抗がん剤治療後にロボット手術「ダビンチ」を使って肝臓の部分切除、そして胃全摘手術を行いました。胃にはがんは残っていたものの、肝臓の転移は消えていました。手術後の回復は良好で、大きな手術であったにもかかわらず3日で退院。1カ月後には再発を予防するための維持療法として免疫療法も再開できました。

 このように、ただ手術をする・しないだけではなく、最新のエビデンスを基に集学的治療を行って、最適なタイミングで手術へと向かい、根治を目指すのが現在の治療戦略です。先週、手術1年後のフォローアップの外来に来ていただきましたが、がんの再発もなく、体調・食欲も絶好調。「先生のおかげで命が助かりました!」と感謝していただけるこのような日が我々腫瘍外科医の最大の生きがいです。