宮崎で“勝ち負けばかりにこだわらない”甲子園 俵万智さん「考え抜かれた仕組み」

AI要約

宮崎県日向市で開催される「牧水・短歌甲子園」は作品の出来とともにディベートを重視し、高校生が繰り広げる熱戦が行われる。

短歌甲子園では各校3人一組の団体戦が行われ、作品の魅力をディベートを通じて表現し合う。審査員は作品の深掘りを行い、総合力を重視する。

大会の目的は高校生の自己表現力を育むことであり、勝敗よりも成長や思考力を重視している。

宮崎で“勝ち負けばかりにこだわらない”甲子園 俵万智さん「考え抜かれた仕組み」

 試合をすれば勝ち負けがつく。その時に相手を打ち負かす戦略に注力するだけでは十分な成長につながらないのではないか。宮崎県日向市で開催される「牧水・短歌甲子園」はそうした観点から、作品の出来とともにディベート(討論)を通じた作品理解に重点を置く。8月にあった第14回大会で高校生が繰り広げる三十一文字(みそひともじ)の熱戦を取材した。

 短歌甲子園は各校3人一組の団体戦。各選手は自作を発表し、チームメートがその魅力をアピールする。ディベートでは相手チームがまず作品の良い点を挙げるのが大会の作法のようになっていて、その上で疑問や批判を出し、意見を交わしていく。

 興南(沖縄県)と灘(兵庫県)が対戦した準決勝。

 波だけがうるさく僕たちをつつみ(望郷)裂けて木はひこばえる

 興南3年の知念ひなたさんが自作の短歌を発表すると、チームメートが「岬のような場所で怒濤(どとう)に囲まれて僕たちは力強く立ち、そばに裂けて横へと芽吹く木がある。故郷という根を持ち、あらがうような歌だ」と解説した。灘側は「昔の望郷が裂けて新たな望郷が生まれてくる歌と受け取った。『裂ける』という表現で望郷を否定してしまうのは強い。別の言い方がなかったのか」と異なる解釈を示し言葉の選択を追及した。

 審査員の一人、俵万智さんは「読みは本人よりも灘の方がよかった」と指摘しつつ、島崎藤村の詩「椰子(やし)の実」を引き「望郷という感傷に対する物言いの歌として抜群。その感傷を乗り越えてたくましく生きていく歌だと思う」と評価。試合自体は接戦で、この歌が興南に軍配を上げる決め手になったと明かした。

 今年は17都府県から31校52チームが応募し、予選で12校が本選に進んだ。6月に題が示され、出場校は7月に作品を大会事務局に提出、互いの作品が知らされる。つまり選手には約1カ月間、戦略を練る時間が与えられる。大会2日目の準決勝と決勝で競う作品は前日に発表され、ベスト4に残ったチームは深夜まで作戦会議を続けていた。

 大会当日に題が示されて短歌を作る「即詠」を課す別の大会もある中、参加者は「準備時間や発言時間が長い分、読み込みが問われる」と口をそろえる。

 興南のメンバーは実は俳句部の部員。初出場の短歌甲子園で優勝し、その1週間後に松山市であった俳句甲子園で準優勝した。俳句甲子園は1回の発言が30秒以内で、短歌甲子園は2分以内。いずれも出場した知念さんは振り返る。

 「俳句甲子園は発言時間が短いのでまず相手の粗(あら)を突くことを考える。その乗りで宮崎に来たら、他校がまず相手の作品の良さに言及してから粗を指摘しているのを見て軌道修正した」

 読みの深さは時に相手チームの作品の評価を上げ、「オウンゴール」になることもある。ディベートと審査員の講評で1首ごとに深掘りされ、選手には自分の歌の魅力を再発見する喜びを得られているようだ。

 大会は歌人の伊藤一彦さんが提唱。元高校教師で、学校のカウンセラーとして長年、若者に向き合ってきた経験からこう語る。「生きていく上で自己表現は不可欠。生徒が勝ち負けにこだわるだけの大会にはしたくなかった」。作歌で書き言葉、ディベートで話し言葉を伸ばす狙いがある。

 高校生対象の他の短歌大会は剣道のように対戦ごとに勝敗を決めていくが、宮崎ではチーム全員の対戦が終わってから勝ち負けを判定。チームの総合力に主眼を置き、個人の勝ち負けは付けない。元高校教師でもある俵さんは「高校生の成長を重視して考え抜かれた仕組み」と語る。

 第1回からの常連校、尚学館(宮崎県)の長谷川聡子教諭は「授業で習う教科書の歌は生徒が教師の解説を待っているが、この大会では伝える方も受け取る方も能動的だ」と話す。

 ある選手が「負けはしたが、相手チームと一緒に1勝した感じだった」と語っていた。敵であるはずの相手から共感を示されて自分の思いが伝わったと実感し、納得いく対戦だったのだろう。

 審査員の大口玲子さんの言葉が印象的だ。「この大会で負けたとしても切り捨てられる負けではなく、将来の見える負けだ」。瞬発力や即戦力を求めがちな社会の風潮に、深めた思考を問う大会の在り方が一石を投じているように思えた。 (神屋由紀子)

 宮崎県日向市などが主催。地元出身の近代歌人、若山牧水を顕彰し、高校生の自己表現力を育む趣旨で、牧水研究の第一人者、伊藤一彦さん(西日本読者文芸選者)が提唱して2011年に始まった。第1回は宮崎県内の5校が参加し、その後、九州、全国と規模を拡大した。審査員長の伊藤さんが予選審査、12校が同市での本選に臨み、本選では俵万智さん、大口玲子さん、笹公人さんの歌人3人が審査する。全国の高校生を対象とする短歌大会は盛岡市、富山県高岡市、鳥取市でも開催されている。