昭和十九年のラジオ放送を聞いて、「NHKの戦争責任」を問われたと感じた理由

AI要約

1925年に登場し、ラジオ放送に携わった人々が戦争とラジオの関係を追ったノンフィクション『ラジオと戦争 放送人たちの「報国」』が紹介された。

取材で高橋映一が戦時中のラジオ放送を自作の録音機で記録・保存していることが明らかになり、貴重な記録となっていた。

高橋の録音機は現代のレコードプレーヤーとは異なり、自身で作成した特殊な装置であった。

昭和十九年のラジオ放送を聞いて、「NHKの戦争責任」を問われたと感じた理由

1925 年に登場し、瞬く間に時代の寵児となったラジオ。そのラジオ放送に携わった人々は、ラジオの成長と軌を一にするかのように拡大した「戦争」をどう捉え、どう報じたのか、あるいは報じなかったのか。また、どう自らを鼓舞し、あるいは納得させてきたのか。そして敗戦後はどう変わり、あるいは変わらなかったのか――。

記者・ディレクター・アナウンサー…といった「放送人」たちが遺した証言と記録、NHKにある稀少な音源・資料などを渉猟し、丁寧にたどり、検証しながら、自省と内省の視点を欠くことなく多面的に「戦争とラジオ」の関係を追ったのがノンフィクション『ラジオと戦争 放送人たちの「報国」』だ。本作は7月18日に最終選考会が行われる第46回講談社本田靖春ノンフィクション賞の最終候補作となった。一部抜粋して、内容を紹介する。

「階段がきつかったでしょ。おかげですっかり出不精になってしまって」

横浜市郊外にある団地の五階。玄関の扉を開けた高橋映一(取材当時八十二歳)は、そう言って私たち撮影クルーを迎え入れてくれた。

テレビ番組「戦争とラジオ」(注1)の取材で高橋を訪ねたのは二〇〇九年四月のことである。高橋が戦時中のラジオ放送を自作の録音機で記録・保存していると耳にしたからだった。

戦前・戦中のラジオ放送の音源はNHKにもわずかしか遺されていない。ほとんどの放送が生放送だったうえに、番組や番組の素材を収録した録音盤が敗戦時に大量に破棄されたからだ。国民を戦争に導いた記録は、連合軍の進駐前に処分しなければならなかった。録音盤だけではない。ニュース原稿や局内文書も東京・内幸町の放送会館の中庭で焼却処分された(注2)。

今、NHKに遺る音源は、録音盤からレコード盤に加工されたものだけである。表面が柔らかい素材でできている録音盤は、本来たび重なる再生や長期保管には不適であり、重要な録音は外部メーカーに委託してレコード盤に加工していた。その一部が破棄を免れ遺されたのだ。しかしその数は少なく内容も政府や軍首脳の演説、あるいは初期の勝ち戦の記録などに限られ、日々のニュースや定時番組などはほとんどない。

さらに言えば、それらのレコードは厳密には放送の記録とは言えない。放送とは文字どおり、電波に変換した音を空間に放ち送る、、、、 ことである。レコード盤に記録された音は、マイクがひろった音声をケーブルで直接、録音機に流し込んだものであり、空間に放たれた電波を受信機が捉えたものではない。その意味でも、戦時中の放送電波を受信し今に伝える高橋の記録は貴重なものにちがいなかった。

高橋の部屋には、電気機器メーカーを勤めあげた技術者らしく、プロ仕様のアンプやチューナー、スピーカーなどが所狭しと並べられ、複雑に結線されていた。高橋が、それらオーディオ機器の端にある頑丈そうな木箱の蓋を開けると、古めかしい装置が現れた。洗練されたデザインの最新機器類とは対照的に無骨な姿だ。一見レコードプレーヤーのようで、ターンテーブルとトーンアームがある。アームは、基盤に固定されたマッチ箱の上に置かれていた。

だが、この装置は、やはり普通のレコードプレーヤーではなさそうだ。ターンテーブルの上には細いパイプが渡されていて、そのパイプ上を金属製の小さな箱がスライドできるようになっている。よく見ると、その小箱の底部からもレコード針のようなものが突き出ていた。この装置こそが、高橋が戦時中に自分で作りあげた録音機にちがいなかった。

「今も使えますよ」と高橋が言った。「今日、あなたがお見えになるので試しておきました」

高橋が四〇センチ四方の機械には不釣り合いに大きいスイッチレバーを上げると、木箱の縁に固定された蛇腹式の金属棒の先にある裸電球が点灯し、ターンテーブルが鈍い光沢を放った。

「今日はこれでやってみましょう」。高橋は、傍らにあったをターンテーブルの中心に固定した。CD ? いぶかる私を愉快そうに見ながら高橋はターンテーブルを指で回した。はじめだけ手動で勢いをつける必要があるらしかった。そして、ターンテーブルのスイッチをオンにして回転が安定するのを待ってから、金属製の小箱をスライドさせて針をCDの光沢面に落とした。

「何かしゃべってみてください」。

高橋はヘッドホンをかぶると、録音機につながったマイクを私に向けた。

「えー、ただいま、高橋さんの家で自家製の録音機を見せてもらっています。何やら不思議な機械です。えー、本日は晴天なり、本日は晴天なり……」

針が糸くずのようなものをはき出しながら光沢面を削ってゆく。高橋は糸くずの塊が針の進路を妨げないように、時々指で除いた。針が通過した部分は光沢を失い白っぽくなっている。

「じゃあ、聴いてみましょう」。高橋は金属製の小箱を上げ、代わりにトーンアームをマッチ箱から降ろして、針をCDに落とした。

「えー、ただいま、高橋さんの家で……」。

ノイズとともに、間の抜けた声が再生された。驚く私の目の前で、往年のラジオ少年の笑顔が弾けた。