「向上心という言葉が嫌い」 60代元博報堂社員が嘆く、経済成長を味わった昭和世代の功罪

AI要約

昭和に育った人が、自己成長や向上心に疑問を抱くエピソードが紹介されている。過去の成功体験に囚われる人々や絶え間ない成長へのプレッシャーに違和感を覚える人々の姿が描かれている。

文章は、若い世代に焦点を当てながら、結果よりも日常の幸せや価値を重視する考え方への理解を示している。また、現代社会の常識や時代を超えた考え方への異議申し立てが描かれている。

著者は、自分の世代が過去の成功体験にしがみつき、現代社会の変化に対応することができない傾向を問題視しており、若い世代に共感を示している。

「向上心という言葉が嫌い」 60代元博報堂社員が嘆く、経済成長を味わった昭和世代の功罪

政治家や企業CEOのスピーチライターを務め、小学生や大学生の悩みに耳を傾け、多くの人に「言葉」の力を伝えてきた元博報堂スピーチライターでコミュニケーションコンサルタントのひきたよしあきさんの最新書籍『あなたを全力で肯定する言葉』(辰巳出版)が刊行されました。「自己肯定感が低い」「向上心がない」「老害でしょうか」「社畜です」――不幸ではない、でも生きづらい。多種多様な苦悩に、著者が寄り添い、言葉の力でサポートします。

※本稿は『あなたを全力で肯定する言葉』(ひきたよしあき著/辰巳出版)より内容を一部抜粋・編集したものです。

常に成長しなければいけないのでしょうか? 

目の前にあることを、粛々と進めるだけではいけないのでしょうか? 

上を目指せ、業績を上げろと言われますが、それは私の幸せにつながるのでしょうか?

向上心に燃えていた頃もありました。でもそれは持続しません。疲れてしまいます。

私は昭和の年功序列社会でもよかったと思っています。実力主義では、能力のない人間や向上心のない人間は無価値だと言われているようなものですから。

人生100年時代なんて、冗談じゃありません。あと何十年、成長を強いられるのでしょうか。

―― ぬるま湯(45歳)

あなたの「向上心」に関する思いに共鳴します。

もっとも私は昭和に育った人間なので、お気持ちのすべてをわかると言えば、うそになるでしょう。

私の育ってきた時代は、子どもの頃が高度経済成長期でした。偏差値で大学が振り分けられましたが、その先の企業は年功序列で終身雇用。会社は安泰、向上心をもって努力をすれば給料も地位も上がるという環境で暮らしていました。

だから、氷河期時代を生き抜いてきたあなたの気持ちが「わかる」と言えば、うそになります。だから、私の世代からの言葉しかお伝えできません。その点はご容赦ください。

一番感じるのは、私の世代の不勉強です。

自分以外の育った環境を知ろうとしない態度です。多くの企業の社長や役員、ジャーナリストや政治家といった社会的責任のある立場に、私の同年代がたくさん就いています。

同じ時代を生きた仲間が、世の中を牽引する姿に敬意を表すると同時に、「ちょっと待ってくれ」という思いがあります。

彼らの多くが、自分が生きてきた時代のやり方で、今の時代を引っ張ろうとしているのではないか。日本も会社も安泰で、働けば働いた分、企業も自分も成長できるという神話を今も信じているのではないか。

人の幸せは、成長し、競争に勝ち、社会的ポジションと金銭的余裕によってもたらされると、腹の底から思っているのではないか。

そうでなければ、30年前と同じような企業の枠組みで、ノルマを課したり、前年度と比べて一喜一憂しているわけがないと思うのです。

もちろん企業ですから、収益が上がることは大切です。

しかしそのために、社員の向上心を煽り、兵隊のように扱っていたのでは、誰もついてこなくなる。同世代はそれに疎い気がするのです。

よほど過去の成功体験がすごかった。そこから抜けられずにいるのでしょう。

残念なことにあなたは、こうした過去の栄光にしがみつく人の下で、働いているようです。楽しいわけがない。「成長」や「実力」が、結局は「金儲け」にしかつながっていないことに違和感を覚えるのは当然のことでしょう。

私が、こうした思いに至るのは、毎週大学で若い子たちと接しているからです。

先日私は、講義の中で、安易に「人は成長してこそ、生きている実感が味わえるものだ」と言ってしまいました。

「私は、家族で時々焼肉を食べにいくときに幸せを実感します。両親もそう言います。私は、企業でがんばることよりも、家族で焼肉を食べにいくことに価値を見いだす人間でいたいと思います。生きている実感とはそういうことではないですか」

「静かに暮らしたいのに、いろいろな問題が、絶えず私に降ってきます。目的をもって前に進むことなんてできない。降ってきた問題に答えを出すことで精いっぱいです。この上、成長しなくてはいけない人生なんていやです」

「私は、成長なんて考えたくありません。そんなことより、毎日じーんと心に響くことを大切にしたいです」

その日に学生が書いてきた講義の感想は、こういった声であふれかえりました。

多くの学生が、あなたと似たような気持ちをもっている。だから、あなたに共鳴すると冒頭で書きました。すべてわかるわけではないことを承知の上で、「気持ち、わかります」と書いたわけです。