初任給バブル「賃金の若手シフト?」子育て世代の嘆き

AI要約

新卒者の初任給が大幅に引き上げられる動きが続いており、企業が人材確保競争により若手社員や新卒者に賃金を重点的に配分している。

この影響で40代の子育て世代への賃上げが減少し、初任給の水準が従来よりも高くなる傾向がある。

また、企業の賃金政策において初任給はベースアップや定期昇給と密接に関連しており、企業間で初任給の水準が競争の中で高騰している。

初任給バブル「賃金の若手シフト?」子育て世代の嘆き

 人手不足を背景に、企業が新卒者の初任給の大幅引き上げに踏み切る動きが目立つ。2024年春闘は32年ぶりの高い賃上げ率となったが、企業が人材獲得競争から、賃上げ原資を新卒者や若手社員に重点配分する賃金シフトが進む。その結果、教育や住宅にお金のかかる40代の子育て世代への配分が細るという状況も生んでいる。【毎日新聞経済プレミア・渡辺精一】

 ◇「初任給30万円」が一つの目安に

 新卒者の初任給を引き上げる動きが活発だ。民間シンクタンクの産労総合研究所が4月公表した調査(中間集計)によると、24年4月入社の大卒新入社員の初任給は平均月22万6341円、前年比では4.01%増と1991年(5.2%)以来の高水準になった。引き上げの理由(複数回答)は「人材確保のため」が最も多い。

 リクルートワークス研究所が4月に公表した大卒求人倍率調査でも、24年4月入社の初任給が「前年より増える」と回答した企業は49.1%と半分近くにのぼった。

 業種別では製造業(55.2%)や金融業(54.3%)、規模別では5000人以上の大企業(56.0%)で「増える」とした割合が高い。

 厚生労働省や東京労働局の調査によると、大卒者の初任給はここ30年間、20万~21万円程度で推移してきた。企業間の差もそれほど大きくはなかったが、22年以降は、サイバーエージェントやファーストリテイリングなどが初任給を大幅に引き上げ、話題になってきた。

 24年4月入社では、伝統企業でも大幅引き上げの動きがみられる。NTTグループ、第一生命ホールディングス、長谷工コーポレーションなどでは月30万円以上になった。

 初任給は、新卒採用市場の企業間競争から、業界内で横並びに収斂(しゅうれん)する傾向がある。今後は「初任給30万円」が一つの目安として意識される可能性がある。

 また、月30万円には満たなくても、東京ガスなど前年より20%前後の高い上昇率としたところもある。

 こうした動きは「初任給バブル」と呼ばれるようにもなっている。

 ◇ベアの「重点配分方式」とは

 企業の賃金政策で、初任給の引き上げは、既存社員の賃上げと表裏一体だ。

 賃上げは、基本給の水準を引き上げる「ベースアップ(ベア)」と、勤続年数や評価などに応じて定期的に引き上げる「定期昇給」からなる。

 初任給はとりわけベアと密接な関係がある。

 単に初任給を引き上げるだけでは、新入社員の給与が20代の若手社員と変わらなくなったり、場合によっては逆転が生じたりして、若手社員のモチベーション低下や離職につながりかねない。このためベアを伴う調整は必須になる。逆に、ベアを実施する際は、通常、初任給の底上げが伴う。

 ベアは、職級や勤続年数に応じて基本給を決める「賃金テーブル」の見直しをすることが多い。その手法には、社員全員に同額を上乗せする一律定額や、同率を上乗せする一律定率の配分のほか、特定の等級・職位の賃上げを重視する重点配分方式がある。

 かつては一律の配分が基本だったが、近年は、限られた賃上げ原資を効果的に使うという考え方から重点配分方式が増える傾向にある。

 年功序列型賃金体系は日本型雇用慣行の特徴とされる。勤続年数に対する賃金水準をグラフに示すと、50代を頂点とする山形の「賃金カーブ」を描く。

 ここ30年をみると、賃金テーブルの見直しを通じ、勤続年数による賃金差は縮小しつつある。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」で22年の賃金カーブを95年と比較するとカーブの山はなだらかになっている。

 また、経団連が会員企業に実施している人事・労務調査によると、ベアの配分方法(複数回答可)は一律定額配分が約半分を占めるが「30歳程度までの若手層に重点配分する」と回答した企業は16年の24.4%から23年には30.2%へと高まった。

 対照的に、45歳程度までの子育て世代への重点配分は5.2%から0.4%へ、45歳程度以上のベテラン層は1.9%から1.1%へと下がる傾向にある。

 この背景には、やはり人手不足の高まりがある。新卒採用で売り手市場が強まり、20代では転職も活発化している。企業は若手の処遇を高め、人材確保競争で優位な条件を示す必要に迫られている。

 24年春闘では33年ぶりとなる高水準の賃上げが実現した。連合が6月5日に公表した第6回回答集計によると、正社員の賃上げ率(ベア+昇給)は平均5.08%と91年(5.66%)以来の水準になった。

 連合は中間総括で、物価高が続くなかで賃上げへの期待が大きく、中小企業を含めた人手不足から、人材定着を意識した企業間競争が強まったことなどを挙げた。

 個別企業の賃金政策をみると、若手社員の賃上げや初任給の増額に原資を多く配分したという説明が多い。賃上げ率は社員一律とは限らない。20代若手社員に手厚くしたぶん、子育て世代が割を食っている可能性がある。

 連合のシンクタンク、連合総研は、会社員に仕事や暮らしぶりを聞き取る「勤労者短観」を年2回実施している。最新の24年4月調査によると、1年前と比べ「賃金の増加が物価上昇より小さい」としたのは、世代別には20代が48.9%と最も低く、40代は59.6%、50代は71.2%と年代とともに高まっている。

 ◇固定残業代の扱いに注意

 初任給バブルにあって、就活生の間では、企業選びに初任給を重視する動きが強まっている。

 マイナビが23年10月~24年3月、大学3年生らへの調査で、企業選びで重視するポイントを2項目まで挙げてもらったところ、「給料の良い会社」が23.6%と3年連続で増えた。マイナビは「物価高の経済不安、初任給引き上げや賃上げなどの影響が考えられる」という。

 ただし、そこで注意点がある。企業が示す初任給額の読み方だ。

 まず、求人票の初任給には「固定残業代」を含む場合がある。

 固定残業は「みなし残業」ともいい、労働者が残業をしたかどうかに関わらず、月々固定の残業代を支払う制度だ。例えば、月20時間分の固定残業代を定める場合、実際の残業時間が10時間であっても20時間分の残業代を払う。

 だが、固定残業代を初任給に含めると、額がかさ上げされて高く見える効果がある。

 固定残業代の扱いをめぐっては、就活生が誤解するなどトラブルも多かったため、15年に若者雇用促進法に基づく指針を導入した。固定残業代がある場合、企業は、固定残業代を除く基本給▽固定残業代の労働時間数▽固定残業時間を超える時間外労働の扱い――などを明示する必要がある。

 また、年俸制を採用している企業では、年間の額を月ベースに配分して記載する場合、賞与の額が含まれているか別枠かを確認する必要がある。

 実は、高額の初任給を示している企業は、固定残業代を含んでいたり、年俸制としていたりするところも多い。表面の額だけに惑わされないようにしたい。