「ひたすら我慢したが、本当に許せなかった」...イランの独房で「性的に侮辱」されたイランの女性活動家の「最悪の拘禁生活」

AI要約

イランでは自由を求める女性が政治犯として逮捕され、過酷な拷問を受ける現実が明らかになっている。

ジャーナリストであるヘンガメ・シャヒディが自らの逮捕経験を通して、長期間の独房拘禁に苦しんだ心情を赤裸々に語っている。

緊急出版される『白い拷問』は、イランの女性たちが言論の自由と人権を求めて果敢な闘いをしている姿を描いた作品である。

「ひたすら我慢したが、本当に許せなかった」...イランの独房で「性的に侮辱」されたイランの女性活動家の「最悪の拘禁生活」

イランでは「好きなことを言って、好きな服を着たい!」と言うだけで思想犯・政治犯として逮捕され、脅迫、鞭打ち、性的虐待、自由を奪う過酷な拷問が浴びせられる。2023年にイランの獄中でノーベル平和賞を受賞したナルゲス・モハンマディがその実態を赤裸々に告発した。

上司の反対を押し切って担当編集者が日本での刊行を目指したのは、自由への闘いを「他人事」にしないため。ジェンダーギャップ指数が先進国最下位、宗教にも疎い日本人だからこそ、世界はつながっていて、いまなお闘っている人がいることを実感してほしい。

世界16カ国で緊急出版が予定されている話題作『白い拷問』の日本語版刊行にあたって、内容を一部抜粋、紹介する。

『白い拷問』連載第30回

『不当な拘禁に「8日間の絶食」で抗議…言論弾圧を続けるイラン政府に立ち向かった女性の「自由への闘い」』より続く

語り手:ヘンガメ・シャヒディ

ヘンガメ・シャヒディ(1975年生まれ)はジャーナリスト、記者であり、女性の権利活動家である。何度かの逮捕歴があり、最初の逮捕は大統領選挙にまつわる一連の出来事のあとで、拘禁は2009年の7月から11月まで続いた。2010年3月、「国を脅かす意図を持って集会、共謀した」「国の代表を侮辱した」という罪で6年の禁固刑を科された。そして再び2016年の7月と2017年3月に逮捕され、同年9月に釈放された。2018年6月、再び逮捕され、同年12月、革命裁判所第15支部のサラバティ裁判官により、12年の禁固刑を言い渡された。また、2年間はいかなる政治組織にも参加できず、オンラインメディアでの活動も許されていない。ヘンガメの娘、パルミスは母親との面会のため、エヴィーン刑務所の241棟に何度も足を運び、つらい思いをしている。ヘンガメは独房拘禁を4回経験している。

――長い独房拘禁の間、何を感じていましたか?また最初の頃と最後の方では、感情に変化はありましたか?

最初の7ヵ月間は電話も面会も禁じられた。7ヵ月後、サラバティ裁判官の許可が出て、電話と面会が2週間おきにできるようになった。最初の数ヵ月は個人的、社会的、すべてのつながりを絶たれ、家族がどうなっているのか知る方法もなく、半狂乱になった。

時間をつぶすものは何もなかった。テレビは許されず本だけ読めたので、ずっと読んでいた。全部読み終わってしまうと、棟の責任者が他の囚人の書棚から本を借りてきた。

本がないとひどく不安になったが、何かしら読むものさえあれば、落ち着いていられた。1日に平均800ページほど読んだと思う。それでなんとか日々をやり過ごすことができた。

毎朝7時に起き、朝食を食べ、夜9時に夕食を食べ、真夜中に眠りにつく。精神面でいくつか病気を抱えていたので、睡眠薬なしでは絶対に眠れなかった。飲まなければ2時間も眠れなかったと思う。また、線維筋痛症にも苦しんだ。症状が悪化すると抗炎症薬を飲み、何とか死なない程度まで抑えなくてはならなかった。拘禁前は飲まなくて済んでいた薬だ。