迷子の日本人に対してニヤニヤするフランス人警官…自分の足で歩くことで見えてくるパリの「裏の顔」

AI要約

パリの歴史や魅力を独自の視点から物語る著者が、パリでの思い出や発見を振り返る。パリの道を歩く楽しみや、街中で見つけたメートル原器の歴史に触れながら、旅の時間を楽しむ様子が描かれる。

歩くことによる思わぬ発見や小さな驚きが旅を豊かなものにすることを伝えるエピソードが綴られている。初めて訪れたパリでの道迷いやパリ市内に残るメートル原器の存在など、旅の魅力が表現される。

ポンピドゥー・センターやエッフェル塔などの名所以外にも、街中には知られざる歴史的建造物や深い文化が息づいていることが紹介され、旅行者に新たな視点を提供する。

迷子の日本人に対してニヤニヤするフランス人警官…自分の足で歩くことで見えてくるパリの「裏の顔」

2024年の夏、オリンピックの開催で注目されるフランス・パリ。「芸術の都」「花の都」「美食の街」などの異名をもつこの街は、長年世界中の人々の憧れの的となっている。そんなパリに傾倒して何度も訪れ、人生の大半を捧げてきた著者が、パリの歴史を独自の視点から物語る。

『物語 パリの歴史』(高遠 弘美著)より抜粋・編集して、パリオリンピック開催中の今こそ知っておきたいパリの歴史を紹介する。

パリで移動するのにどの交通機関が一番好きかと訊かれれば、いまではバスと答えますが、若い頃はバスにもメトロにも乗らず、歩くほうが多かったような気がします。広場を中心にして放射状の道が互いに繋がって東西南北がよくわからなくなるのに、道に迷うことはそれほど多くはありませんでした。

もっとも白状しておきますと、最初にパリを訪れたとき、道がわからなくなり、セーヌ川はどこですかと警官に訊いたことがあります。警官はにやにやしながら、すぐそこですよ(C’est tout à côté, Monsieur)と言いました。指さすほうを見ましたら、すぐそこがセーヌ河岸でした。

赤恥をかいたようなものですけれど、それでも、それ以来、何度もパリへ来て、好き勝手に歩いているうちにパリの道が何となくわかったような気がしました。東京だと迷うのにどうしてパリの道がわかるのかとよく家人に言われます。きっと目印を自分で決めてそれを線で結んでいるのでしょう。

それはさておき、若い頃歩くのが好きだったのは、思わぬ発見があるからでした。最初にパリへ来たとき泊まったホテルがラシーヌ通りというオデオン座の近くの通りにあったので、とくにあの附近はよく歩きました。あるとき、建物の1階外側が通路になっているところを歩いていて目に入ってきたのがメートル原器でした。説明板がついていて、そこには概略以下のように書いてありました。

「国民公会はメートル法を一般に拡げるために、パリ市内のもっとも人通りの多い16の地点に大理石製のメートル原器を設置するように定めた。それらの原器は1796年2月から1797年12月までの間設置された。このメートル原器は、パリ市内に最後まで残った2つのうちの一つで、もともとの位置にある唯一の原器である」

とくに誰かに言うわけではないこんな小さな発見はしかし、旅の時間を楽しい色で染めてくれるような気がします。