ドローン防ごうと鉄板を被せたロシア軍「亀戦車」…滑稽でも笑えない

AI要約

ロシア軍がドローンの攻撃を防ぐために「亀戦車」を開発。しかし実用性に疑問の声が上がる。

戦争中には生き残るために様々な工夫がされるが、必死さが滑稽に見えることもある。

過去の戦争から現代戦まで、兵士は生きるために最善を尽くす姿がある。

ドローン防ごうと鉄板を被せたロシア軍「亀戦車」…滑稽でも笑えない

最近ロシア軍がドローンの攻撃を防ぐために鉄板を被せた、いわゆる「亀戦車」に関する記事が繰り返し報道された。3年目に入ったウクライナ戦争を通して疑問が提起されているが、とはいえ戦争前に地上軍の戦力が米国に対抗できるレベルと評価されたロシア軍の地位を考慮すると、亀戦車はあまりにも滑稽な形態であり、関連記事の大部分は嘲弄の対象として扱っている。

実際、亀戦車は一線で急造した構造物をT-62のような旧型戦車に被せたものであり、形態からして粗雑だ。確保された亀戦車を調べた結果、砲塔の回転や砲身の上下照準も不可能であるうえ、乗務員の視野を狭めて走行もしにくいことが確認された。このため亀戦車は機甲戦をはじめとする戦闘用ではなく、地雷地帯の開拓、進撃路の確保などに投入する一種の非戦闘装備に近い。

ところがウクライナ戦争で見られるようにT-90、M1、レオパルト2のような戦車も簡単に撃破され、たとえ非戦闘任務を遂行してもT-62のような旧型戦車が生存するのは非常に難しい環境だ。したがって構造物を被せてでも防御力を高めようという対策を動員するのは十分に理解できる。過去のあらゆる戦争で自然に登場する姿であるからだ。当事者の立場で考えると容易に理解できる。

実際、興味を誘発する刺激的な報道とは違い、将兵が生き残るためにさまざまな工夫をすることは戦争中によく見られることだ。戦車の場合、防御力が脆弱な部位に鉄材や砂袋などを利用して現場で急造防御物を付着する事例はよくある。効果が疑わしい木材を付けたりもする。それでもこうした姿を繰り返し見ることになるのは常に目の前に死があるからだ。

戦争の真ん中にいる人なら誰でも例外なく必死に生き残ろうとするはずだ。生を維持しようとするのは人間なら当然の本能だ。したがって効果の有無に関係なく一線ではとにかく可能なあらゆる努力をする。それでこうした事例のように戦争の外の第三者が見れば滑稽に思われる結果物をいくつも発見することができる。ところが時間が経過すれば、むしろ当然と見なされることもある。

遠くから事例を探すこともなく、ウクライナ戦争開戦初期にロシア軍が砲塔の上部に傘のように見えるドローン防御物を設置すると、「戦車の屈辱」というタイトルのようにロシアを嘲笑するような報道が次々と出てきた。しかし最高の防御力を備えた戦車の一つとして名声が高い英国のチャレンジャー2が似た構造物を付けて戦う姿が公開されると、それ以降はこうした記事が出なくなった。要するに必要不可欠な構造物になったということだ。

110年前にあった第1次世界大戦を多くの人々が現代戦の開始と見る理由は、戦略・戦術・作戦・武器の変化がこれを基点に大きく変化したからだ。以前には空想の領域だった空と水の中も戦場になった。これはそれだけ殺傷と破壊の範囲も大きくなったということだ。当時を象徴する地獄の塹壕戦のそのような変化とは違い、戦争を指揮する人たちの思考方式が以前のままだったために生じた悲劇だった。

それで亀戦車のように一見理解しがたい装備が無数に登場した。米国のブリュースターボディーシールド(全身鎧)もこうした装備の一つだ。理論上小銃弾を防いだが、重さが40キロを超えるため視野や動きに制約が多く、正式採択は不発に終わった。使用が不可能なことがすぐに分かるほど粗悪だったにもかかわらず、あたかも中世騎士のプレートアーマー(板金鎧)のような軍装が登場したのは、それだけ塹壕戦が凄まじかったからだ。

戦争が起こる前から現在の防弾服の源流といえる胸甲のような防御具を使用したが、爆弾の破片や機関銃から乱射される銃弾を防ぐには力不足だった。結局、兵士の死傷が深刻になると、あたかも中世騎士の板金鎧のような軍装まで誕生するに至った。そのほかにも最前線で兵士が急造したさまざまな防御手段がある。それだけ生き残ろうとする努力は大変なものだった。

すべての将兵は軍人である前に人間であり、いくら効果が微小でも生きるために最善の努力をする。これは性能の有無に関係なく、最初に言及した亀戦車を決して笑い話として扱えない理由だ。嘲弄や非難の対象は戦争を起こした為政者になるべきであり、常に死の恐怖と向き合っている戦場の兵士ではない。これはウクライナ戦争に限られたことではない。有史以来のすべての戦争がそうだ。

ナム・ドヒョン/軍事コラムニスト