コーランが隣の家から聞こえたら通報せよ……作家・橘玲がウイグルを1400旅して見えた「中国化」とは

AI要約

新疆ウイグル自治区では、大規模な開発と同化政策によって少数民族の生活が大きく変わりつつある。

中国政府はテロ対策を名目に厳しい監視体制を敷き、ウイグル人を含む民族を再教育キャンプに収容しているとの批判がある。

一方で、新疆では国有企業を通じた大規模な投資が行われており、開発は漢族を中心に進められている。経済面での変化も見られる。

コーランが隣の家から聞こえたら通報せよ……作家・橘玲がウイグルを1400旅して見えた「中国化」とは

ウイグル人やタジク人などの少数民族が暮らす新疆ウイグル自治区では、近年、大開発とともに中国の同化政策が推進されている。実際に旅して見えた驚きの現実とは。

中国西部の新疆ウイグル自治区は、古くから東アジアと中央アジアが接する交易の要衝で、ウイグル人、カザフ人、キルギス人、タジク人など多くの少数民族が暮らしている。

新疆では近年、石油や天然ガス、鉱物資源が相次いで発見され、西部大開発で多くの漢族が流入したことで緊張が高まり、2009年には域内最大の都市ウルムチでウイグル人の大規模な暴動が、14年には習近平主席の視察に合わせてウルムチ駅で自爆テロが起きた。

この事件に衝撃を受けた中国政府は、「イスラーム原理主義のテロリスト集団」と徹底的に戦うことを宣言し、新疆全体に膨大な数の警官・警察署を配置するとともに、監視カメラや顔認証システムを駆使した治安維持を推し進め、欧米の人権団体からは「完全監視社会の実験場」と批判されている。

さらにはウイグル人の証言から、過激なムスリムだけでなく、欧米やイスラーム圏に留学経験のある知識層も“危険分子”と見なされ、「再教育キャンプ」に収容され、非人道的な扱いを受けているという。

中国政府はこうした批判に強く反発しているが、「職業訓練センター」を設置していることは認めており、施設を非公開にしているため、外部の者が実態を窺い知ることは困難だ。

米中対立が激化するなか、日本のメディアも新疆を『1984』(ジョージ・オーウェル)のようなディストピア(暗黒世界)として描いている。

だがほんとうに、絶望しかない社会が存在するのだろうか。そんな疑問をもって、3月末から4月はじめにかけて、ウルムチ(図(1))からカシュガル(図(6))まで1400kmを旅してみた。

私は2010年にもウルムチを訪れているが、そのときは礼拝の時間が終わるとモスクの前は黒山のひとだかりで、バザールや夜市(屋台街)も観光客に混じって地元のウイグル人で賑わっていた。

だがそれから14年経って、町の雰囲気は一変していた。新疆国際大バザールの前では、武装した警官が装甲車で周囲を監視し、入り口では警官が保安検査を行っていた。バザールや夜市(屋台街)はかつての素朴な雰囲気が失われ、再開発によって少数民族テーマパークのようになっていた。

さらに驚いたのはバザールのなかにあるモスクで、正面には中国で新年を祝う赤い提灯が飾られ、入口には観光客が間違って入ってこないようにするためだろう、男性2人がスマホをいじりながら所在なげにしていた。

礼拝の時間になっても訪れるのは数人の高齢者だけで、モスクの1階は宝石などを売る土産物店に改装されていた。

ウルムチでは、3月に中国政府が国有企業を通じて新疆に7000億元(約15兆円)の大規模な投資を発表したことが大きな話題になっていた。

カザフ人のタクシードライバーによると、全国から一攫千金を目指す漢族(中国の大多数を占める漢民族)が集まり、ウイグル人はバザールのある天山区(旧市街)に押し込められているという。

中国の地方都市はどこも同じだが、ウルムチでも建設途中、あるいは建設の止まった建物があちこちで見られた。新疆全体の人口は約2600万人だが、これが5年以内に5000万人になる前提で開発が進められているのだと説明された。

2018年に開通した地下鉄に乗ると、乗客は漢族ばかりで、そこに自動小銃を首から下げた警官が談笑しながら乗り込んできた。