英王室の「メナイ橋作戦」とは? 「その日」に備えた下準備 なぜ暗号を使うのか

AI要約

エリザベス女王の死去後に行われる作戦「オペレーション・ロンドンブリッジ」について細かい手順や秘密保持が明らかにされている。

作戦は、王室や政府の関係者が関与し、具体的な準備が日々続けられている。

現在のチャールズ国王に関連する作戦「メナイ橋作戦」も具体的な計画が綿密に進められている。

エリザベス女王の死去に備えられる作戦は過去からの伝統や歴史に基づいており、作戦名や手順には慎重に検討された背景がある。

国王の健康問題や緊急時に備えた作戦は、英国民にとっては重要な話題であり、王室関係者や専門家により常に対策が練られている。

ロイヤルファミリーが直面する死という厳粛な事象に対し、国民や関係者が作戦を通じて準備を進めている様子が、英国の社会的な一端を示している。

英王室の「メナイ橋作戦」とは? 「その日」に備えた下準備 なぜ暗号を使うのか

 ひそかに進行中の重要な作戦(オペレーション)を知る者は、それが外部に漏れないよう秘密保持を徹底しなければならない。それは軍事作戦に限らない。英国では、王室の誰かが死去した際に発動される作戦が有名だ。

 実はこの作戦、以前は国家機密だったが、最近はメディアの報道ですっかり世に広まってしまっている。2022年9月にエリザベス女王が死去した時は、コードネーム「オペレーション・ロンドンブリッジ」(ロンドン橋作戦)が遂行された。作戦というより、作業マニュアルといったイメージだ。

 英メディアによると、死去直後には女王の秘書が首相に電話で「ロンドン橋が落ちた」と伝えることになっていた。その後、女王が元首を務める英連邦(コモンウェルス)諸国などに知らせが届く。死去公表後、首相官邸は10分以内に国旗を「半旗」にする。こうした手順が細かく定められていたが、数年前に官邸側は「死去の時間帯によっては、旗を扱う職員が職場にいるとは限らない」との理由で「10分以内」の案に難色を示したという。

 このほか、数十万人に及ぶ国民の弔問への対応、世界各国の首脳を葬儀に迎える方法などが決められていた。

 ちなみに死去の日は「Dデー」と呼ばれていた。これは軍事用語で、重要作戦開始の日とされる。第二次世界大戦中、米英などの連合国軍によるノルマンディー上陸作戦の日もDデーと呼ばれた。

 なぜ暗号を使うのか。これは「電話交換手」がいた時代の名残らしい。かつては、電話を「かける側」と「受ける側」の通話を電話交換手がつないでいた。国家機密が公式発表より先に電話交換手に知られてしまう事態を防ぐため、合言葉が使われたのだ。

 日本でも1950年代、電話交換手を扱った推理小説が発表された。松本清張の短編「声」である。数百人の声を聞き分けるベテランの電話交換手が、偶然にも殺人犯の声を聞いてしまう筋書きだ。内容は今でも十分に面白いが、誰もが携帯電話を持ち始めた現代では、もはや成立しないミステリーだろう。

 「(エリザベス女王の父の)ジョージ6世が52年に亡くなった時は、ハイドパーク・コーナーという地名が使われました」。そう語るのは、英紙デーリー・メールで長年王室取材を担当する著名ジャーナリストで、王室の伝記作家も務めるロバート・ハードマン記者(58)だ。「作戦の内容は、君主自身も相談を受けます。たとえばエリザベス女王は、自身の葬儀で流される音楽についても承認していました」

 作戦については、王室や政府、軍などの限られた関係者が頻繁に会議を開く。結婚式や戴冠式はある程度は事前に準備できるが、葬儀は突然やって来る。このため担当者は常にアップデートを欠かさないという。

 「以前、ある準備担当者が嘆いていました。まるで難しい物理のテストに備え、毎日何時間も勉強しているようなものだ。でもこのテストは肝心の試験日が分からないんだよ、と」。ハードマン氏はそう話す。

 現在のチャールズ国王(75)は今年2月、自身が「がん」であることを公表した。この頃から、国王を巡るコードネームが盛んに報じられ始めた。今度は「メナイ橋作戦」である。英国を構成する4地域(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)の一つ、ウェールズにある橋の名前だ。

 これには歴史が関係している。「プリンス・オブ・ウェールズ」(ウェールズの王子)という言葉は英国皇太子の称号だ。もともとは文字通りウェールズ出身の王子という意味だったが、イングランドがウェールズを征服して以降、14世紀からこの称号はイングランドの王位継承者に与えられるようになった。

 チャールズ国王も22年の即位前まで、皇太子としてずっとこの称号で呼ばれていた。在位期間が70年に及んだ母エリザベス女王の長男として、あまりに長い間、「プリンス・オブ・ウェールズ」だったのだ。さらに自身はかつてウェールズでケルト語系ウェールズ語を学んだ時期もあり、現在の王室メンバーの中でも特にウェールズにゆかりが深い。ただ、国王になった現在は再び「ロンドン橋」が使われる可能性も英メディアでは指摘されている。

 メナイ橋に行ってみた。ウェールズ北部バンガー市とアングルシー島とを結ぶ橋で、全長417メートル、水面からの高さは30メートル。橋を支えるアーチが美しい。

 だがここは風も強く、狭い海峡は流れが速い。昔から対岸に渡るのが大変な「難所」だったため、19世紀に橋が完成した時は世界の注目を浴びたという。

 英国でウェールズは「国境のない異国」と呼ばれる。橋の最寄り駅では2人の高齢女性がおしゃべりしていたが、ウェールズ語なのでさっぱり分からなかった。電車内のアナウンスも、ウェールズ語と英語の2言語が使われていた。まさに異国のようだった。

 死は厳粛なものだが、決してタブー視するのではなく、ロイヤルファミリーも「その日」に向き合っている。王室ジャーナリストのキャサリン・メイヤー氏は、国王ががんを公表する1年前の23年2月、記者会見でずばりと話していた。「国王は既に高齢のため、自身の時代が長くないことを知っています。このため、彼はスムーズに王位を(長男の)ウィリアム皇太子に引き継ぐことを重視しているのです」

 多くの英国民は国王の健康を願っている。一方で「Dデー」に備える人々の地道な作業も、日々こうして粛々と続いているのだ。【ロンドン支局長・篠田航一】