<figure-eye>スイスで見た宇野昌磨さんの横顔

AI要約

宇野昌磨さんが引退後初めて師弟の共演を果たしたアイスショーの模様。リハーサルでのジーンズ姿の滑りや、昔とは異なるリラックスした表情などの新たな一面が紹介されている。

宇野昌磨さんの競技選手としての厳しい状況やプレッシャーについて触れつつ、引退後のラフなスタイルでの演技が新鮮であることを伝えている。

師弟の物語や未来に期待を寄せながら、宇野昌磨さんの新たな展開に感謝する筆者の思いが描かれている。

<figure-eye>スイスで見た宇野昌磨さんの横顔

 世界王者がジーンズ姿でリンクに現れた。

 スイス・シャンペリーで8月、競技を引退した宇野昌磨さんらが出演するアイスショーが開催された。会場となるリンクは宇野さんのコーチでもあったステファン・ランビエルさんの拠点。宇野さんも選手時代に汗を流した思い出の地で、引退後初めて師弟の共演が実現した。

 撮影は本番前日のリハーサルから。シャンペリーの駅に降り立ち、美しい風景に浸る時間もなくリンクへ直行した。すると、リンクサイドでランビエルさんと遭遇。握手を交わし、あいさつをさせてもらった。

 一方、リハーサルが始まっても、宇野さんの姿が見えない。他の出演者が練習する中、終盤にようやくリンクに現れた。そして、到着したままの格好、ジーンズに半袖シャツ姿で滑り始めたのだ。

 曲をかけて2回滑り、リラックスした表情だった。日本のメディアが1社だけだったこともあり、「フィナーレのシーンは写真NGで」とおどけて、笑顔を見せた。宇野さんが到着してから15分ほどだったが、距離感だけでなく明るい表情や雰囲気が私には新鮮だった。

 ジーンズ姿で満足そうに滑る横顔を見て、ふと1年前の情景を思い出した。昨春の世界選手権。宇野さんが2連覇を決めたさいたまスーパーアリーナに私はいた。2連覇がかかるとあって、報道陣はその一挙手一投足に注目。それもあってか、練習する宇野選手の表情は硬い。

 その中で事件は起きた。メインリンクで撮影中、サブリンクで取材していた記者から連絡が入った。「宇野さんが転倒した」。急いで駆けつけると、足元を気にする姿を報道陣が取り囲んでいた。スポーツの取材では目の前で良いことも悪いことも起こる。競技前にケガをしたというのもニュースだ。しかし、私は少し気が引けて、数カット撮影して身を引いた。

 現役時代から「練習が好き」と宇野さんはよく口にしていた。スケートが好きで、単純に滑るのが楽しい。けれども、競技選手として「ジャンプを決める」「得点を更新する」など結果だけでなく、転倒まで注目される。選手として逃れられない状況の中、どんな気持ちで試合前の練習に臨んでいたのだろうか。

 今は「JAPAN」と大きく記されたジャージー姿ではない。その身軽になった背中は純粋にスケートを楽しむ青年に戻っていた。選手時代には想像できないラフなスタイル。写真を本社に送稿すると、デスクが「これは衣装なのかな」とメッセージを送ってくるほど。新鮮だったのは私だけではなかったようだ。

 宇野さんがコーチ不在で苦しいシーズンを送った後、手を差し伸べたのがランビエルさんだった。そこから始まった2人の物語。師は引退してもなお、楽しそうに演技する姿を誰よりもうれしく感じていたのではないだろうか。「Shoma Uno!」。観客席に向かって紹介する声は誇らしげだった。

 取材を終えて帰国の途に就く朝、ロープウエーから街を眺めるとリンクが見えた。あっという間だったが、ふたりが紡いできた物語の新たなページに立ち会えたことに感謝し、その続きが待ち遠しく思えた。【吉田航太】