【甲子園】なぜ、大社・馬庭優太は大会屈指の好投手となったのか 野球人、人間的な4つの魅力

AI要約

馬庭優太(3年)を中心とした大社高の快進撃による、93年ぶりの8強進出が話題となっている。

馬庭優太の地元愛や仲間との絆、高い技術により大会屈指の好投手として活躍しており、その魅力が注目されている。

大社高の奮闘は、長い歴史と共に甲子園の舞台に立つまでの苦労や熱意が詰まった物語となっている。

【甲子園】なぜ、大社・馬庭優太は大会屈指の好投手となったのか 野球人、人間的な4つの魅力

【第106回全国高等学校野球選手権大会】

 2024年夏のヒーロー誕生である。

 93年ぶりに8強進出を遂げた大社高(島根)の原動力は左腕・馬庭優太(3年)である。

 大社高は1915年、第1回の地方大会から今夏まで「皆勤出場」している全国15校の一つである。杵築中時代の第3回大会(17年)に初出場を遂げ、2勝を挙げて4強進出。大社中で名乗りを上げた第17回大会(31年)は1勝を挙げて8強進出。大社高として夏5回目の出場となった第43回大会(61年)に1回戦を突破したのが、最後の白星だった。

「目標はベスト8」

 32年ぶりに出場した今夏は、報徳学園高(兵庫)との1回戦で馬庭が1失点完投(3対1)で、63年ぶりの甲子園勝利を挙げた。創成館高(長崎)との2回戦は10回4失点完投で「1大会2勝」は初出場の1917年以来、107年ぶり。そして早実との3回戦もタイブレークを制し、149球を投げ、延長11回を2失点完投した。11回裏には自らサヨナラ打を放った。「ミラクル・大社」に大きく貢献し、まさしく大会の「顔」となっている。

 開幕前は「好投手の一人」であったが、この3試合で一気に「全国区」へと上り詰めた。なぜ、馬庭は大会屈指の好投手となったのか。野球人、そして、人間的な魅力が4つある。

 まずは「地元愛」である。

 出雲北陵中出身。高校進学に際して、地元・出雲市内の大社高を選んだ理由はこうである。

「島根の良い空気。地元の大社で、甲子園に行きたいと思った。(別の選択肢は?)片隅にはありました」

 アルプス席は、1回戦から3試合を通じて超満員。スクールカラーの紫に染まっている。常に支えられていることへの感謝を忘れない。

「地元からの応援が一番、響いている。自分たちの大きな力になっている」

 次に「仲間との絆」である。マウンドは一人ではない。8人の野手、そしてアルプス席で応援してくれる控え部員のサポートもあって投げられている現実を、しっかり受け止める。

「練習の成果を出し、仲間を信じて投げる。最高の仲間を背にして投げるのはうれしい」

 早実との3回戦では1対1の7回表に、中堅手・藤原佑(3年)が中前打を後逸して、打者走者の生還を許す痛恨のエラーを喫した。しかし、馬庭の心は揺るがない。

「誰にでも、ミスはある。失点に絡んでしまいましたが、ここは、自分が最後まで投げ切ることを決めていた。(藤原には)『大丈夫だよ!!』と声をかけました」

 仲間を信頼するからこそ、野球の神様は見てくれている。大社高は土壇場の9回裏にスクイズで追いつき、11回裏に自らのバットで死闘に決着。奇跡は偶然ではなく、常日頃からの積み重ねであり、必然なのである。

 3つめは人間性に付随する「技術」の高さだ。

 ストレートの最速は140キロ。試合でのほとんどは130キロ台中盤である。変化球はカーブ、スライダー、チェンジアップ。驚くようなボールはないが、独特なテークバックでタイミングが取りづらい。制球力が抜群で内、外とコーナーへ投げ分けることもできる。ピッチングがうまく、相手打者を見て投じるセンスもある。3戦30イニングで4四死球。いつでもストライクが取れるのが強みである。ピンチではギアを上げ、早実・和泉実監督は「球速よりも、強さがある。真っすぐと分かっていながら押し込まれる」と絶賛していた。