【鳥谷敬inパリ】レスリング藤波朱理が決勝直前、観客席に送ったサイン…会場で感じた応援の力

AI要約

日本代表選手の藤波朱理がパリ五輪で金メダルを獲得し、その試合の舞台裏や感動を語る。

現地会場での応援の力や選手たちの姿から、スポーツが持つ魅力を改めて感じる。

選手への応援の大切さやスポーツの舞台が成長や感動を生む場であることについて語る。

【鳥谷敬inパリ】レスリング藤波朱理が決勝直前、観客席に送ったサイン…会場で感じた応援の力

 阪神、ロッテで活躍した日刊スポーツ評論家・鳥谷敬氏(43)のパリ五輪観戦記。最終回では女子53キロ級の藤波朱理(20=日体大)の金メダル獲得を見届けたレスリングなどの現地会場で感じた「応援が持つ力」について力説しました。【聞き手=佐井陽介】

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 パリで熱戦の数々を見届け、12日に帰国しました。初めて生で五輪を目に焼きつけられたことは、本当にかけがえのない財産となりました。現地時間の8日にはレスリング会場で、女子53キロ級の藤波朱理選手が金メダルを獲得する瞬間にも立ち会えました。この決勝戦で驚いたのが、藤波選手の試合前後における表情や立ち振る舞いでした。

 この日は会場でメダルの色が決まる試合が何試合も行われていました。その最後の試合が女子53キロ級の決勝でした。私が見ている限り、他の選手は入場時から真っすぐ前だけを向いてリングに向かっていました。それが藤波選手だけは違いました。藤波選手は入場時、観客席にも目を向けました。家族や関係者の姿を確認したのでしょうが、私の目には「必ず勝つから見ておいてね」とサインを送ったようにも映りました。

 準決勝を終えた時点で公式戦デビューから136連勝中。大本命として想像を絶する重圧と戦っていたはずです。それなのに、あれほど自信に満ちあふれた姿でリングに向かえたのはなぜか? きっと1ミリの後悔もないほどの練習量を積んできたのでしょう。試合は圧勝。対戦相手も「藤波選手に負けるのなら仕方がない」と感じているようなサバサバした表情でした。

 金メダルが決まった瞬間も多くの選手のように泣き崩れるわけではありません。コーチを務めるお父さんに抱きついた時もとにかく笑顔、笑顔…。歓喜のあまり涙する選手も多い表彰式でも、ジャンプして1回転していました。リング外での無邪気さが20歳という年齢を思い起こさせて、どこまで強くなるのだろうと、さらにワクワクさせてくれる1日でした。

 藤波選手とは2年前に1度だけ対談させてもらっています。そんな選手が世界一になる瞬間に立ち会えたのですから、私は本当にラッキーでした。試合後は会場の熱気が想像以上にすごくて、これだけ多くの人が藤波選手を応援していたのだと肌で感じました。家族や関係者はもちろん、日本人ではない観客も興奮している姿を見て、スポーツがもたらすパワーをあらためて知ることができました。

 大会期間中はSNS上などで選手に対する誹謗(ひぼう)中傷も少なくなかったそうですね。ただ、現地で選手を非難する空気を感じることは1度もありませんでした。私も含めて「選手って本当にすごいな」と感動して帰路に就く観客ばかりだったと思います。

 アーティスティックスイミングのデュエットでは、素晴らしい演技には敵味方関係なく惜しみない拍手が送られていました。レスリングの男子グレコローマン87キロ級ではブルガリアのセメン・ノビコフ選手が金メダルを獲得。ロシア侵攻を受けて22年にウクライナから国籍を変更した選手の活躍にも、割れんばかりの拍手が届いていました。

 実際に現地で観戦できたことで、応援が持つ力もあらためて感じました。会場ではやはり地元フランスに対する声援が別格。金メダルを獲得した男子バレー、柔道の混合団体戦などでも選手は相当なパワーをもらったはずです。そんな空気を感じながら、新型コロナウイルスの影響で無観客開催となった東京五輪を思い返し、日本人選手にも応援の力を感じてほしかったなと思ったりもしました。

 私は現役時代、超満員の甲子園で毎日プレーさせてもらいました。今振り返れば、それは本当に幸せな日々でした。心のこもった応援はいつだって選手を奮い立たせてくれるものです。ファンの声援が選手をさらに成長させてくれる-。これからもスポーツの世界がそんな舞台であり続けることを願ってやみません。(日刊スポーツ評論家)