ブレイキン・AMIの根底にあるのは師匠が教えてくれた「楽しさ」、忘れちゃいけないこの感覚…師匠も認めた「やべー子」はパリ五輪で初代女王に輝いた

AI要約

25歳の湯浅亜実(AMI)が、パリ五輪のブレイキン女子決勝でリトアニアのバネビッチを3-0で破り、金メダルを獲得した。

AMIはKATSU ONEと共に15年間歩んできた師弟関係から、家族同然の仲間として絆を築いてきた。

AMIは苦悩しながらもブレイキンを通じて国境を越えた友情と絆を体現し、パリ五輪での勝利を成し遂げた。

ブレイキン・AMIの根底にあるのは師匠が教えてくれた「楽しさ」、忘れちゃいけないこの感覚…師匠も認めた「やべー子」はパリ五輪で初代女王に輝いた

◇9日 パリ五輪 ブレイキン女子決勝 AMI3―0NICKA(コンコルド広場)

 25歳の湯浅亜実(ダンサー名・AMI)が、昨年の世界選手権覇者でリトアニアのバネビッチ(同・NICKA)を3―0で下し、金メダルを獲得した。世界選手権では2019年と22年の2度優勝を果たした元世界女王が、新競技に採用されたパリ五輪でオリンピック初代女王に輝いた。

 AMIはブレイクダンス本部長のKATSU ONE(石川勝之)とともに歩んできた。小5で出会い、学び、高校生で共に世界の舞台に立ち、五輪の初代金メダリストとなった。

 パリ五輪で初採用されたブレイキン。「調和」「協調」を意味するコンコルド広場で、勝者と敗者を残酷かつ美しいコントラストを映すスポーツ競技が行われた。それぞれが抱く「かっこいい」はカルチャーなのか、勝敗の白黒つけるスポーツなのか。AMIは苦しみ、迷った時期があった。

 「KATSUさんが(ダンス)連盟を引っ張ってくれたからこのダンススポーツをやるって決めた。変な方向には行かないだろうと。挑戦するって決めた1個デカい理由だった」

 ”師匠”と高校から世界を回った。10代の少女はブレイキンの持つ引力に引かれた。「英語はまったく話せなかったけど、それでも一緒に輪になって踊っているだけで『友達になれるんだ!』って。もっとたくさん旅ができるように練習しようって思った」。国籍、肌の色、言語を超えてつながる空間がそこにはあっった。

 印象深い都市がある。ロシアのサンクトペテルブルク。2対2の大会に呼ばれた。女子高生から見た18歳年上の「KATSUさん」の姿勢が今も目に焼き付いている。AMIは懐かしそうに言う。

 「本当に何歳になっても少年。楽しそうにしているからバトルが、すごい楽しい。1人で出るとシリアスになっちゃうところも、一緒に踊るとそれを忘れて遊べるみたいな(笑)。1人でもこの感覚を忘れちゃいけないって」

 だから、競技スポーツのブレイキンになっても師匠の「楽しさ」を信じてパリを目指した。一方、KATSU ONEは古い記憶をひもときながら弟子をこう評する。

 「頑固。内に込めるタイプ。教えたことができないとめちゃくちゃ悔しがる。『次のレッスンまでに練習してこい』と課題を出すと、絶対にクリアしてきた。『これはやべー子になるかもしれない』って思った」

 2人が出会ってから約15年―。師弟を超えて、2人とも「もう家族、ファミリー」と口をそろえる。この日、コンコルド広場を包んだのは、国境を越えた熱狂だった。AMIとKATSU ONE。パリ五輪の金メダルは、固い絆で結ばれた2人の結晶だった。