全体練習は週1回半日、保護者の当番廃止…埼玉の少年野球チームの取り組み

AI要約

近年、野球人口の減少が課題となっている中、埼玉県上尾市にある柏座イーグルスが運営方針を改革し、子どもたちの参加を増やす取り組みを行っている。

イーグルスでは「4分の1ルール」や「現地当番なし」「罵声・怒声の禁止」などの新しい運営方針を導入し、親子の負担を減らす工夫をしている。

子どもたちに野球の楽しさを伝える取り組みが奏功し、メンバー数が増加している。野球人口の確保に向け、新たなアプローチが求められている。

全体練習は週1回半日、保護者の当番廃止…埼玉の少年野球チームの取り組み

 国内の若年層における野球人口の減少が指摘されて久しい。例えば日本中学校体育連盟の調査では、軟式野球の2023年度加盟生徒数(男女)は13万3725人で、01年度の32万2229人から3分の1近くに減少した。そもそも子どもの数が減り、取り組むスポーツの多様化も進んでいる。少年野球を取り巻く環境の変化が著しい中、子どもがグラブやバットを手にする「障壁」を取り除くことで、メンバーを増やす成果を挙げた例もある。その一つ、「柏座(かしわざ)イーグルス」の取り組みを取材した。(時事通信運動部 山下昭人)

◆環境激変の中、運営改革

 埼玉県上尾市にある富士見小学校グラウンド。ゴールデンウイークのある日の午後、小学生を中心に10数人の子どもたちがボールを手に大きな声を上げていた。午後0時半に集まると、ティーボールを使ったゲーム形式の練習などで体を動かす。休憩後は夕方までシートノックや打撃練習などを行い、辺りが暗くなる前にこの日の活動は終了。大会前などを除けば、1週間におけるチームの全体練習は、原則として土日どちらかの午前または午後だけと定めている。盆と正月を除く土日を目いっぱい練習時間に充てる多くのチームとは一線を画し、この「4分の1ルール」と呼ばれる方式で運営している。

 1981年にスポーツ少年団として設立されたイーグルスが、「4分の1ルール」をはじめとする運営方針の変更を決めたのは昨年だった。「20年くらい前までは50~60人」(新井孝育代表)いた団員が年々減り、昨年は小学6年2人、4年と3年が各1人の計4人にまで減少。存続への危機感が募る中、茨城県つくば市の「春日学園少年野球クラブ」や川崎市の「ブエナビスタ少年野球クラブ」などの事例を参考にして改革に踏み切った。

 改革の柱は「4分の1ルール」に加え、「現地当番なし」「罵声・怒声の禁止」「短時間での効率的な練習追求」「子どもたちが主体的に勝利を目指す姿勢をサポート」の計5項目。「4分の1ルール」導入により、他の習い事との両立や家族との時間を増やすことが可能に。保護者がローテーションを組み、飲み物などを用意して練習に付き添う「当番」制も廃止し、親の負担軽減も図った。

◆母親から「ここが一番楽しい」とも

 小学4年の男児を持つ母親は、メンバー募集のポスターをたまたま見掛けて「ここだったら安心して始められるかもしれない」と息子をイーグルスの練習に参加させた。昨春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での大谷翔平選手ら日本代表の活躍で本人が野球に興味を持ったものの、母親には「土日全部を野球に充ててやっていけるのか。繊細なタイプなので、強めの指導も心配」との思いがあった。また、「始めるとなれば親も覚悟が必要。当番が月1と言われても、甘えていいのだろうか」と別の葛藤もあったと明かす。

 イーグルスには今年、評判を聞いた保護者からの問い合わせが増え、前述の男児らが新たに加入。6月上旬の段階でメンバーが13人に増えた。小学校低学年の監督を務める佐藤貴史コーチ(46)は「選んでくれたお母さんに聞いたら『ここのチームが一番楽しかった』と言ってくれた」と振り返る。「『楽しさ』は勝つことだけではない。今まで打てなかった速い球が打てたとか、ゴロをうまくアウトにできたとか、できなかったことができるようになることが楽しさになる」と同コーチは言う。

◆野球との接点少ない現状

 昨秋、米大リーグで活躍中の大谷選手が日本全国の小学校約2万校に約6万個のジュニア用グラブを寄贈したことが話題を集めた。大谷選手は「子どもたちが野球というスポーツに触れ、興味を持つきっかけになってほしい」と願い、「野球しようぜ!」との力強いメッセージを寄せた。見方を変えれば、子どもが接点を持つ機会が少なくなった野球の現状を映し出してもいた。

 かつては毎晩のように地上波でテレビ放映されていたプロ野球中継が大幅に減り、ボールやバットの使用が禁じられている公園が多い。今はサッカーやバスケットボールなど他の球技やスポーツも存在感を増している。54歳の新井代表は「僕らの頃は野球しかなかったが、今はお父さんが野球を知らない(例も多い)。キャッチボールができないお父さんだと、選択肢に入ってこない」。親子の目を野球に向けさせることがまず難しいと実感している。

◆野球人口確保に一つの視点

 少年野球について詳しい尚美学園大スポーツマネジメント学部の田中充准教授は「今、野球は『コア化』している」と指摘する。野球への強い関心は一定の層には根強くある一方で、家庭環境や子育てに対する考え方の変化を背景に野球が敬遠される側面もある。「共働き世帯が増えて親は忙しく、子どもたちにさまざまな経験を積ませたいと考える親も多い。土日が埋まる少年野球は自由が利かなくなる」と田中氏。効率化が重視される風潮の中、拘束時間が長く親の参加も求められる習い事は選択肢に入りづらいという。

 「少子化のペース以上に野球人口が減る流れを止めるのは難しい」とみる田中氏だが、「4分の1ルール」を取り入れたイーグルスのような取り組みが広がれば、「ライトな層が増え、人口を巻き戻すチャンスになる」とも考える。10代で選手として完成し、世界王者になることもある他の一部競技に比べると、野球は大成するのに時間がかかることも珍しくない「息が長いスポーツ」。子どもを取り込む間口を広げることは、野球界に必要になる考え方かもしれない。

 以前の多くの小学生にとって、野球の複雑なルールや試合進行の基本は自然と身に付けられたものだったが、現在は必ずしもそうではない。イーグルスの佐藤コーチは子どもたちにルールを覚えさせようと、ゲーム形式の練習を重視して指導に当たっている。バットを握る手に力が入る元高校球児は「野球を楽しめる小学生はたくさんいるはず。まだまだスタートです」と意気込みを新たにしていた。