「Nature誌」に削除要請された、太陽で「スーパーフレア」が起きることへの言及…その恐ろしい実態

AI要約

太陽研究の第一人者である柴田一成氏の著書から、人類がどれだけ太陽について知らないかが明らかになる。過去に発生したキャリントン・フレアを振り返り、現在の太陽活動についても興味深い知見が示されている。

スーパーフレアという珍しい現象が、我々の太陽以外の恒星でも頻繁に観測されていることが判明し、そしてホット・ジュピターとの関連が再評価されている。

科学的な観点からは太陽でスーパーフレアが起きないとされていたが、新たな研究結果により、その可能性が排除されている。しかし、将来的にスーパーフレアが起こる可能性は否定できない。

「Nature誌」に削除要請された、太陽で「スーパーフレア」が起きることへの言及…その恐ろしい実態

静けさに満ちた不変のものというイメージだった宇宙も、20世紀になり、おどろくほど動的なことがわかってきた。また、絵空事と考えられていたUFOや宇宙人についても、2020年にアメリカ国防総省がUFOの存在を公式に認め動画を公開するなど、新たな展開が起きている。知っているようで知らない宇宙の姿を、太陽研究の第一人者である柴田一成氏の著書『太陽の脅威と人類の未来』(角川新書)から一部抜粋して紹介する。

1859年のキャリントン・フレアは人類が最初に観測したフレアであり、かつ現在のところ「記録されている」上では最大規模のフレアでもあります。

しかし、人類が太陽について科学的に書き留めるようになったのは、わずか400年ほど前。観測記録にしたところで、数千年前が限度です。私たちは、46億年続いている太陽活動のほとんどについて、なにも知らないも同然なのです。

ですから、もしかしたら、1000年に一度という規模の超巨大フレアが、私たちの時代に起こってもおかしくないのではないでしょうか。いや、むしろ、あると考えたほうがpよいでしょう。ただの憶測でこのようなことをいっているわけでも、おどすわけでもありません。参考になるモデル・ケースを、私たち京大グループが、観測によって発見したのです(天文学会における発表は2011年)。

それは、太陽によく似たタイプの恒星を観察することで見つかりました。

キャリントン・フレアのさらに100倍から1000倍ものエネルギーのスーパーフレアが起こっている証拠を発見したのです。しかも、このスーパーフレアは珍しいものではありませんでした。148個の太陽型星において、120日間で合計365回もスーパーフレアが発生していました。

これまで私たちの太陽ではスーパーフレアは起きないものとされていました。なぜなら、スーパーフレアが発生するには「ホット・ジュピター」と呼ばれる木星級の惑星が、水星軌道より内側、中心星のすぐ近くの距離になければならないと考えられていたからです。

このホット・ジュピター説はアメリカの天文学者であるシェイファーが提唱したものです(図1)。

2000年に過去のさまざまな観測データを点検して、その中から太陽のように比較的遅い自転速度を持つ太陽型星で9例のスーパーフレアを見つけていましたが、彼らはスーパーフレアの原因をホット・ジュピターの存在であるとし、したがって(近くに木星のような大きな惑星のない)我々の太陽ではスーパーフレアは起きない、と結論付けていたのです。

ところが、私たちが観察した恒星にホット・ジュピターを持つものは一つもありませんでした。つまり、ホット・ジュピターはスーパーフレアの必要条件ではなかったわけです。逆にいうと太陽でもスーパーフレアが起こる可能性があるということになります。

もちろん、このクラスになると、800年から5000年に一度ぐらいしか起こらないでしょう。

しかし、我々は最近1000年に一度の震災を経験したばかりです。未曽有の災害がいつふりかかるかわからないという真理を、身をもって知りました。

私たちは、太陽型星でのフレア発生を報告する論文を科学誌「Nature」に投稿しました。警告の意味を込めて、です。

ところが、驚いたことに、「Nature」誌の編集者や査読者は、太陽でスーパーフレアが起こる可能性への言及を削除するように要請してきました。「我らの太陽でスーパーフレアがあった証拠はないし、これからも起こるという確信もないのに、無闇に人々を恐れさせるようなことを書いてはいけない」というのがその理由でした。さらに、「太陽では起きないということを明記せよ」とまでいってきたのです。

私としては、当然納得がいきません。しかし、最終的には彼らの要求を一部を呑み、ある部分を削除せざるを得ませんでした(「太陽では起きない」とはさすがに書きませんでした)。

このときの査読者(投稿された論文を読み、掲載にふさわしいかを審査する、その分野の研究者のこと)がだれだったのかは明らかにされていません。

ただこのとき、一つおもしろいことがありました。雑誌の巻頭には、この号で掲載されている論文について、別の研究者によって書かれた紹介文が載るのですが、私たちの論文の紹介文を書いてくれたのはシェイファーでした。その「紹介文」では、私たちの論文紹介はもとより、ホット・ジュピターの紹介が大きく図付きで紹介されていました。

私はシェイファーと一度話したいとずっと思っているのですが、なかなかその機会はめぐってきません。最近、あるテレビ番組の制作の方が私の取材をしてくださり、その中でこの話をしたらとても興味を持ってくれ、「テレビでシェイファー博士と話してもらえますか」というので、「喜んで」と伝え、期待して待っていました。ところが少し経って制作の方から「やはりシェイファー博士の出演はなくなりました」と連絡がありました。残念です。