老化を促進させ、動脈硬化や糖尿病などの原因にもなる「慢性炎症」とは

AI要約

人間が老いる原因である慢性炎症について解説されている。老化による炎症の仕組みや病気との関連、そして健康長寿のための研究について紹介されている。

慢性炎症は老化を促進し、さまざまな疾患(がん、動脈硬化、糖尿病など)の原因となる。免疫の老化やミトコンドリアの機能不全、遺伝子の発現上昇などが慢性炎症を引き起こす要因として挙げられている。

肥満や糖尿病とも関連がある慢性炎症は、全身の細胞に悪影響を及ぼし、老化を促進させる。研究によると、慢性炎症が少ない人は長寿の傾向があるという。

老化を促進させ、動脈硬化や糖尿病などの原因にもなる「慢性炎症」とは

知恵を得た人類は野生動物と異なり、自らの手で寿命を延ばしてきた。そして今、私たちは「老いを生きる時代」を迎えている。

では、歳を重ねることに伴う老化は、なぜ起きるのか。人類はその仕組みの解明にも挑んでいる。

新刊『老化と寿命の謎』では、健康長寿を切り開く道につながるともいえる、老化のメカニズム研究の最前線に迫る。

*本記事は飯島裕一『老化と寿命の謎』から抜粋・再編集したものです。

赤く腫れて熱を持ち痛む──。炎症には、このようなイメージがあるが、これは、けがをした患部や風邪をひいた時に喉に生じる「急性炎症」の症状だ。体に侵入してきた異物に対する一過性の防衛反応である。一方、厄介なのは体内でくすぶり続ける「慢性炎症」で、老化を促進させるとともに、老化の大きな特徴の一つでもある。

慢性炎症は「沈黙の殺し屋」といわれるように、自覚症状がほとんどないまま、さまざまな臓器の機能不全を進行させる。

免疫学が専門の宮坂昌之・大阪大学名誉教授は「加齢とともに、免疫に関わるタンパク質、炎症性サイトカインが血液中に増えてくる。また老齢者の細胞は、若い人の細胞に比べて炎症性サイトカインを多く作る傾向がある」と語る。

老化に伴う慢性炎症の原因として、免疫の老化、組織の損傷に伴う自然免疫系の活性化が挙げられる。前述したように、分裂を停止した老化細胞から放出されるSASP(サスプ=細胞老化随伴分泌現象)因子も炎症を誘導する。老化に伴うミトコンドリアの機能不全によって生み出された活性酸素(酸素毒)の影響も考えられる。

加齢による炎症関連遺伝子の発現上昇も関与していて、公益財団法人がん研究会などは、老化した細胞では、正常な細胞には見られないRNAが多く発現し、炎症に関わる遺伝子のスイッチを入れることを報告している。

炎症がくすぶり続けると、どんな問題が起きるのか──。宮坂名誉教授は、「炎症の悪影響が、細胞同士のシグナルのやりとりに関わるサイトカインを介して全身に広がるため、さまざまな病気のもとになる」と解説する。さらに、「組織が線維化して硬くなるなどの変化を起こして、機能が低下する」と述べた(図1)。

発症や進展に慢性炎症が関わっている疾患は多く、がん、動脈硬化、糖尿病、肝硬変、ぜんそく、クローン病、アルツハイマー病、多発性硬化症、うつ病などが挙げられる(図2)。

世界で初めて人工がんを発生させた山極勝三郎博士(長野県上田市出身)が、ドイツ留学中に師事したウィルヒョウ博士は、20世紀初めに「動脈硬化の炎症説」を唱えていたという。近年になって、動脈硬化と慢性炎症がクローズアップされているだけに病理学者としての先見性は見事である。

動脈硬化にはいくつかのタイプがあるが、大動脈など比較的太い動脈にプラークと呼ばれる粥のような病変ができ、動脈が狭くなる粥状動脈硬化(アテローム性動脈硬化)は、狭心症などの原因になる。プラークを覆う被膜が破れると血栓(血の塊)が形成される。血栓によって血管が詰まると、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす。

粥状動脈硬化の発生、進展、有害事象発症には、血管壁の慢性炎症が関わっている。プラーク内の炎症が続くと、マクロファージからの分泌物によってプラークが破綻しやすくなると考えられている。

一方、慢性炎症は、肥満や糖尿病とも大きな関わりがある。肥満では、脂肪組織に持続的な炎症が見られる。宮坂名誉教授によると、大阪大学のグループのマウスによる実験によって、高カロリー食で脂肪組織が刺激を受けると、脂肪組織で炎症を誘発する分子が作られて持続的な炎症が起こり、これ(慢性炎症)が全身の細胞に働いてインスリンの効きの低下をもたらすことが報告されている。

さらに、宮坂名誉教授は「慶應義塾大学の調査で、慢性炎症がある人では老化が進んで寿命が縮み、慢性炎症が少ない人は長寿の傾向があることが明らかになってきた」と指摘した。