平安の「ファイト一発」。御嶽詣での難行シーンはこうしてつくられた【光る君へ 満喫リポート】御嶽詣で編

AI要約

『光る君へ』第34回では、中宮彰子の懐妊祈願のために金峯山寺に向かう道長の姿が描かれ、篤い信仰心が表現された。

道長の御嶽詣ででは、宣孝のような派手さではなく、真剣さが描かれ、信仰に対する姿勢が強調された。

道長暗殺未遂事件に関連して平致頼が登場し、ロケ撮影の緊迫感や武士のキャスティングに注目が集まった。

平安の「ファイト一発」。御嶽詣での難行シーンはこうしてつくられた【光る君へ 満喫リポート】御嶽詣で編

ライターI(以下I): 『光る君へ』第34回では、実娘である中宮彰子(演・見上愛)の懐妊祈願のために金峯山寺に向かう道長(演・柄本佑)の姿が描かれました。今年は金峯山寺も含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されて20年の節目の年になります。『光る君へ』では、藤原宣孝(演・佐々木蔵之介)が、派手な装束で詣でたことも描かれました。

編集者A(以下A):宣孝の御嶽詣での際には、半ば物見遊山的な印象を与えましたが、道長の御嶽詣ではガチな感じでした。左大臣なんだから、輿に乗って悠々とした参拝かと思いがちですが、劇中での道長の様子を見ての通り、難行を実践していました。同時に触れておきたいのが道長の信仰心。なんだか唐突に金峯山寺参拝したようにも感じますが、当時の道長は仏教への信仰に傾倒していました。劇中では触れられていませんが、浄妙寺(現在の京都府宇治市/室町時代に廃寺)を建立したり、源信の『往生要集』を藤原行成(演・渡辺大知)に書写させたりしていたようですから。

I:そういう文脈でいえば、今回の金峯山寺への御嶽詣では、篤い信仰心の発露だったわけですね。劇中では、経筒を埋納した様子まで描かれました。

A:道長が奉納した経筒は、江戸時代の元禄年間に出土しました。道長筆の納経は、複数の美術館などに所蔵されていますが、昨年末には金峯山寺にも道長直筆の納経が蔵されていたことが報じられました。道長の参拝から1000年の2007年には京都国立博物館で「藤原道長―極めた栄華・願った浄土―」という特別展覧会が開かれたほどです。

I:ところで、道長の御嶽詣でのタイミングを狙って、何やら大変な事態が引き起こされます。藤原伊周(演・三浦翔平)と平致頼(演・中村織央)が道長暗殺を画策して待ち伏せする様子が描かれました。

A:この道長暗殺未遂事件は『大鏡』に後日譚のような話が記載されています。「入道殿、御嶽にまいらせたまへりし道にて、帥殿(そちどの/伊周のこと)の方より便なきことあるべしと聞こえて」と、伊周が不穏な動きをしていたとの噂が流れていたため、道長帰京後に伊周が道長のもとに挨拶に出向いたというのです。

I:『大鏡』によると、挨拶に出向いた伊周と道長が双六に興じたという記事になっています。伊周が不穏な動きをしたという話は『小右記』にも記されているようなので、都にそうした噂が流布したのは事実なんでしょうね。

A:はい。しかし、実際に道長暗殺計画があったのか? それは未遂に終わったのか? あるいはそういう噂が流布しただけなのか。現在残されている史料では、「そういう噂が流れた」というところまでで、実際に平致頼らが実行するために動いたか否かは、判然とはしないのですが、劇中の展開はそのあたりの微妙なところをうまく表現していてハラハラするものとなりました。

I:それをリアルに見せてくれたのが、ロケ撮影ではないでしょうか。

A:確かにロケでの撮影は、平致頼らの動向もしっかり描かれて緊迫のシーンになりました。

I:なぜか、藤原隆家(演・竜星涼)も駆けつけて、道長の危機突破の手助けをしました。

A:そうした場面に加えて、源俊賢(演・本田大輔)の危ないシーンを頼通(演・渡邊圭祐)が助ける場面など、いったいどこで撮影したんだろうと思いました。昨年の『どうする家康』では最新のVFX(ヴィジュアル・エフェクツ)技術が多用されていたので、今回もそうかなと思ったりしたのですが、どうも違うようでした。

I:オープニングロールで「撮影協力」のクレジットが出ていましたが、千葉県の鋸南町で撮影したようです。実際にある、といってもそれほど高くはないようですが、俳優さんたちが崖で撮影したようです。もちろん安全面を考慮してハーネス(転落防止用の器具)を着用したり、落ちても大丈夫な高さだったり、そんな撮影だったようです。着用していたハーネスは映像処理で消されたようです(笑)。

A:なるほど。それでいてあの臨場感。これぞ「演出力の妙」というものなんでしょう。この場面、すでに前週に予告編を見た大河ドラマファンから「ファイト~いっぱ~つ」の掛け声を想起した人がいたようです。

I:テレビ広告史上に燦然と輝く栄養ドリンク剤「リポビタンD」のCМのことですよね。最初のオンエアが1977年ということですから、これもまた「歴史的事象」。私は平安時代だったら「ファイト/一発」をどう表現したのだろうと思料してしまいました(笑)。

A:ちなみに現在、金峯山寺へのお参りは、吉野山ロープウェーなどがあって道長の時代のような難行ではなくなっていますので、この機会にぜひ参拝いただきたいですね。そして、もうひとつ、前週の当欄で、「武士がキャスティングされない」という記事を配信しましたが、なんと道長暗殺未遂事件に関連して平致頼がキャスティングされました。

I:致頼を演じた中村織央(なかむら・おずの)さんは『おんな城主 直虎』で石川数正役で出演されていましたが、「おずの」という本名が、金峯山寺建立にかかわったとされる修験道者「役小角(えんの・おづの)」由来だそうです。

A:これも何かのご縁なのですね。さて、平致頼のキャスティングに続いて、『光る君へ』第九次配役発表でも武士がキャスティングされました。平為賢(たいらの・ためかた/演・神尾佑)です。

I:平為賢! 九州を舞台にした「国難」が描かれるということですね!

A:藤原隆家がこれだけ登場していますからね。これは楽しみですが、やっぱり平氏だけではなく源氏もキャスティングしてほしいなあ。

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり