男子110mハードルの泉谷駿介 「景色が違って見えた」というパリ五輪の真意、日本陸上界の常識を変える近未来像とは

AI要約

男子110mハードルの泉谷駿介は、パリ五輪での3着によりファイナル進出を逃し、悔しい結果だった。

泉谷は予選から異変を感じ、準決勝ではハードルに引っかかり、本来のレースができなかった。

彼はハードリングの進化とスパイクの反発力の問題に直面し、技術の微調整が必要だと考えている。

 文=酒井政人 写真提供=ナイキジャパン

■ パリ五輪は「これまでで一番悔しい結果」

 昨夏のブダペスト世界陸上で5位入賞を果たした男子110mハードルの泉谷駿介(住友電工)にとって、パリ五輪は〝悪夢〟になった。

 予選4組は13秒27(+0.3)で通過するも、準決勝3組は13秒32(+0.6)の3着。記録上位の通過ラインに0.06秒届かず、ファイナル進出を逃したのだ。

 決戦から1か月過ぎても、あの〝悔しさ〟が頭から離れたことはない。

 「準決勝が終わって、ミックスゾーンを通り、待機所に戻る。そのときの失望感を忘れられないですね。一度も考えなかった日はありません。普通に臨めたら(決勝に)いけたんじゃないかなと、タラレバなことばっかり思い浮かびます。とにかく、これまでで一番悔しい結果です」

 レース動画を見返す選手が多いなか、泉谷はパリ五輪のレースを一度も観ていないという。

 「悪いことは思い出したくないんです。向き合わないといけないこともあると思うんですけど、失敗レースや嫌なレースは観ないですね。悪いイメージを残さないようにしています」

 「調子は悪くなかった」という泉谷。〝異変〟は予選から感じていた。

 「景色がいつもと違うように見えたんです」

 泉谷はスタートから7歩で1台目のハードルに達するが、不思議な感覚に陥ったという。

 「視野が広くなったのか、全体がよく見える感じがして、違う種目をやっているような感覚になりました」

 準決勝は1台目を越えた後のリズムが狂い、2、3台目のハードルを引っかける。無我夢中で駆け抜けるも、本来のレースができなかった。

 「本番はカラダが結構動くので、(感覚が)練習と全然違いすぎた部分がありましたね。今季は技術面が噛み合わず、走れる気がしなかったというのはちょっとあったと思います」

■ 進化が課題になる110mハードルの矛盾

 パリから帰国して、泉谷は100mで強烈なインパクトを残す。8月18日の富士北麓ワールドトライアル予選で追い風参考ながら10秒14(+2.1)を叩き出すと、8月30日のAthlete Night Games in FUKUI予選で10秒30(±0)の自己新をマークしたのだ。

 100mの公認ベストは2019年に出した10秒37で、スプリント力は明らかに上がっている。また泉谷は今季からナイキと契約。レースでは短距離用スパイクの『マックスフライ 2』を着用している。

 「マックスフライ 2 は反発が強いので走りやすいんですけど、その分、ハードル間のインターバルが詰まっちゃうんですよ。そこが悩ましいところです」

 泉谷は昨季、男子110mハードルで13秒04の日本記録を樹立。ブダペスト世界選手権では五輪を含む世界大会で日本人初のファイナルに進出した。昨季までと同じハードリングでは、インターバルの3歩をさばきれなくなっていたのだ。

 「スピードが上がった分、コントロールするのが難しくなっています。今季はハードルに向かって突っ込む意識でいったんですけど、そのタイミングがズレて、ハードルにぶつけてしまうことが多かったんです……」

 自身の進化とスパイクの反発力が、ハードリングを難しくしていた部分があった。ハードル技術の微調整が今季は間に合わなかったといえるかもしれない。

■ 世界でも類を見ないマルチアスリート

 男子110mハードルで日本記録を保持する泉谷だが、中学・高校時代は混成競技がメインで、インターハイは八種競技で優勝している。順大に入学後も跳躍ブロックで練習を重ねて、110mハードルの記録を伸ばした。

 三段跳びは大学時代に16m08、走り幅跳びは昨年9月に8m10をマークしている。いずれも日本トップクラスの記録だ。先述した通り、100mは追い風参考ながら10秒14(+2.1)をマークしており、100mハードル以外の種目でも世界大会で活躍できるポテンシャルを秘めている。

 本人は「調整が難しいと思うんですけど、来年はいろいろ挑戦してみたいなと思っています」と話しており、来年9月の東京世界陸上は複数種目での出場を目指している。なお9月21~23日の全日本実業団対抗は走り幅跳びにエントリーしており、東京世界陸上の参加標準記録(8m27)を密かに狙っている。

 110mハードルのメダルを目指しながら、走り幅跳び、4×100mリレーに出場することになれば世界的にもレアケースだ。「本当に強くなるなら、これくらいやらなきゃダメだと思います」と泉谷は本気だ。

 メイン種目となった110mハードルに向けては、「走力はだいぶついているので、あとは技術を合わせいくだけかなと思います」と現在、ハードリングを〝バージョンアップ〟している。

 「踏み切り位置を少し遠くして、少し早く(脚を)下ろすことで、走る区間を長くしたいと考えています。練習ではハードル間を通常より一足長詰めて跳んでいるんですけど、今後はもっと詰めて練習していきたいです」

 ナイキのスパイクを着用して、確実に速くなっている泉谷。最大の目標だという世界大会の「メダル」に向けて、まずは来年9月の東京世界陸上で日本勢初の快挙に挑む──。