地中の魅力分かってほしい 世界遺産国内推薦候補「飛鳥・藤原」地元が知恵絞る

AI要約

令和8年の世界文化遺産登録を目指す「飛鳥・藤原の宮都」が国内推薦候補に選ばれた。歴史的な価値が高い遺跡であり、中央集権体制の成立過程を示す2つの宮都の変遷が注目されている。

飛鳥時代には中国の影響を受けながら天皇中心の国家が築かれ、宮殿遺跡の発掘からそのストーリーが明らかになってきた。大陸との外交や国家戦略の重要性が強調されている。

遺跡の保存と説明が課題であり、世界遺産に登録されることで、日本の古代史を知らない海外の人にも魅力を伝える試みが求められている。

地中の魅力分かってほしい 世界遺産国内推薦候補「飛鳥・藤原」地元が知恵絞る

令和8年の世界文化遺産登録を目指す「飛鳥・藤原の宮都」(奈良県明日香村、橿原市、桜井市)が国内推薦候補に選ばれた。平成19年の世界遺産暫定リスト入りから17年。ようやく国内のハードルをクリアし、「世界」が見えてきた。ただ、現地に足を運んでものどかな田園風景が広がるばかりで、飛鳥時代の宮殿遺跡は地下に埋もれて全く見えない。極東の島国で繰り広げられたダイナミックな国造りのストーリーをいかに世界に理解してもらうか。地元ではさまざまに知恵を絞っている。

「東アジアの古代国家形成期において中央集権体制が誕生・成立した過程を、2つの宮都の変遷から示す唯一無二の資産」。9日に開かれた国の文化審議会は「飛鳥・藤原」の歴史的価値をこう評した。

7世紀後半、中国の政治制度や文化、技術を積極的に導入して天皇中心の国家の礎が築かれた。飛鳥宮(明日香村)に続いて、現在の省庁にあたる国家機関を備えた藤原宮(橿原市)が首都として整備された。

積極的な大陸外交を展開し、飛鳥宮では天皇の代替わりごとに宮が築かれた状況が発掘を通じて明らかになった。飛鳥時代に詳しい木下正史・東京学芸大名誉教授(考古学)は「国や県、地元による60年以上に及ぶ緻密な調査研究が途切れることなく行われたからこそ、一連の歴史的意義が証明できた」と話す。

6世紀後半以降、遣隋使や遣唐使を通じて交流が盛んになったが、7世紀後半には唐の勢力拡大によって事態は緊迫化。倭国は唐・新羅(しらぎ)との「白村江(はくそんこう)の戦い」(663年)で大敗し、大陸の脅威が現実味を帯びてきた。

激動する東アジア情勢に対応して強靱(きょうじん)な国造りを目指したのが、天皇を頂点とした中央集権体制。周辺の大国との熾烈(しれつ)な駆け引きなど、壮大な国家戦略のストーリーをたどれるのが飛鳥・藤原の遺跡群といえる。

■価値の「見える化」

地下の遺跡は、どれほど大発見でも発掘が終われば保存のため埋め戻される。

「『地面の下にあって何も見えない』というのは以前からの課題。歴史的意義や魅力を知ってもらうのは容易ではない」と話すのは、明日香村教育委員会文化財課の小池香津江課長。世界遺産となれば、日本の古代史に詳しくない海外の人にも分かるような説明が求められる。