愛していた息子が中学生になった頃、突然激しい拒絶を感じ同室にすらいられなくなった…意外と知らない「フラッシュバック」の原因

AI要約

トラウマは一生強い毒性を持ち、治癒しない。新書『トラウマ「こころの傷」をどう癒すか』では画期的治療法を紹介。

フラッシュバックは危機的体験や性被害などの記憶が引き金となり、再体験が起こる現象。解離や再演が重要な特徴。

トラウマの治療例では、治療を受けた母親のトラウマも浮かび上がり、治療を通じて大きな変化が生じた事例もある。

愛していた息子が中学生になった頃、突然激しい拒絶を感じ同室にすらいられなくなった…意外と知らない「フラッシュバック」の原因

あなたは本当にトラウマのことを知っていますか?

自然に治癒することはなく、一生強い「毒性」を放ち、心身を蝕み続けるトラウマ。

講談社現代新書の新刊・杉山登志郎『トラウマ 「こころの傷」をどう癒すか』では、発達障害と複雑性PTSDの第一人者である著者が、「心の複雑骨折」をトラウマを癒やす、安全かつ高い治療効果を持つ画期的な治療法を解説します。

本記事では、〈「虐待」を受けたトラウマが「発達障害」を引き起こすことも…世代間連鎖する「子ども虐待」の恐ろしい現実〉にひきつづき、フラッシュバックについてくわしくみていきます。

※本記事は杉山登志郎『トラウマ 「こころの傷」をどう癒すか』より抜粋・編集したものです。

フラッシュバックという現象について、筆者なりにまとめてみたいと思います。

命が脅かされるような危機的な体験、あるいは、レイプ被害のような大変に辛い体験に遭遇したとき、記憶が保持できず、ちょうどサーキットブレーカーが落ちるように、こころを守るために記憶を飛ばすという現象が生じます。これが解離(解離性健忘)です。しかし本当に忘れてしまったら、何度も危ない目に遭う危険がむしろ増してしまいます。そこで、一度体験した危険に似た状況になると、からだに警戒警報が自動的に生じるようになります。これは生来に備わっている防御反応です。しかし、この防御反応がきっかけとなって、辛い体験の再体験が起きてきます。これがフラッシュバックです。

いくつか留意が必要です。まずこの引き金となる記憶は一般的なエピソード記憶ではありません。しばしば非常に官能的な記憶がフラッシュバックを引き起こすトラウマの原因となります。

典型的なケースを紹介しましょう。継続的な性的虐待を幼い頃から受け、さまざまな問題を生じながら普通の家庭を築いた女性の事例です。息子が生まれ、幼い頃は愛していましたが、息子が中学生になった頃、突然に激しい拒絶に転じ、同室にいることすらできなくなったのです。理由は息子の体臭でした。青年期を迎え、息子が持つようになった男性の体臭が性被害の体験の耐えがたいフラッシュバックの引き金になったのです。

また筆者は、薬局の前で突然にフラッシュバックが起きて動けなくなってしまう方の治療を行ったこともあります。一家心中のサバイバー(生存者)です。風邪薬ということで家族に毒薬が分けられ、何人かは亡くなり、何人かは生き残りました。この時に使われた風邪薬の赤いビンがフラッシュバックの引き金になるのです。さらに注目したのは、この方の場合、からだが反応して動けなくなるということが先に生じ、あっと周りを見渡して初めて自分が薬局の前を歩いていて、薬局の薬棚に赤いビンを見つけるという順番になることです。

さらに、後述する複雑性PTSDの場合、長期反復性のトラウマ体験があるために、いつでもどこでもフラッシュバックが生じてきます。薬物依存症の自助をサポートしているダルク女性ハウスの施設長である上岡陽江氏は著書(2010)の中で、この状態をドラえもんの「どこでもドア」と表現しています。パチンコをしていても、食事をしていても、スーパーで買い物をしていても、突然フラッシュバックが生じ、虐待場面のただ中に立ちすくむことになるのです。

つまり、フラッシュバック自体が、大変に辛い体験になってきます。このことが留意すべき第二の点です。フラッシュバックは再想起ではありません。単純に辛い体験を思い出すというレベルのものではなく、再体験に限りなく近い現象なのだと思います。

子どもに特徴的と知られているのは、再演という現象です。自由遊びで、トラウマ場面をなんども再現してみせるのです。ウルトラマン人形の足をつかみ、コップに水をはって、「反省しろ」と叫びながら頭からウルトラマンを水につけては引き上げるという遊びを繰り返す子がいます。いうまでもなく、保護者から水責めにあったという経験の子どもが演じる再演です。なぜこんな現象が生じるのでしょうか。

「繰り返すことで乗り越えるため」と説明されているのですが、筆者は再演を繰り返しているうちにトラウマを乗り越えた子どもなど見たことがないので、やはりこの現象自体、治療が必要なフラッシュバックの一種なのではないかと思うのです。

以前に治療を行った症例です。トラウマ治療を行った子どものお母さん(つまり子どもの治療と一緒にトラウマ治療を行った母親)が自分のお母さん(お子さんからみると祖母)を外来に連れてきました。治療してほしいというのです。すでに60歳を過ぎるこの方の父親は酒乱でお酒を飲むと暴れだし、家族に暴力をふるう毎日だったそうです。結婚した夫は暴力こそなかったものの、毎日激しい暴言を彼女に浴びせ、同居した舅も酒乱で暴れ、さらに夫は舅が暴れ出すと家を飛び出して逃げてしまい、自分だけが取り残されて舅をなだめたり暴言を受け止めたりしたそうです。父親も舅もずっと昔に亡くなったのに、すべての大声に対しこの方はフリーズして動けなくなることが続いていて、今度はそれを周りの人から非難されると言います。

「今からでも良くなるのでしょうか?」と申し訳なさそうに言うクライアントに、「ともかくやってみましょう」と治療を開始しました。速やかに治療は進み、その結果、人生で初めて夜ぐっすりと眠ることができるようになったそうです。それだけでなく、腰の痛みが消え、慢性的だった激しい喉のつかえがなくなり、夫の怒鳴り声を少しだけ聞き流すことができるようになり……と大きな変化が起きました。

重症のトラウマが引き起こすフラッシュバックはさほどに自然に消えていくことがないのです。