岩井志麻子さん「おんびんたれの禍夢」インタビュー 虚実が溶け合う悪夢のような明治ホラー

AI要約

岩井志麻子さんの最新作『おんびんたれの禍夢』は、明治時代を舞台にした悪夢のような読み味のホラー小説であり、デビュー作以来の「明治ホラー」を展開している。

物語の主人公である売り出し中の小説家・光金晴之介や彼を支える恋人・楠子のキャラクターには、実在の人物を元に描かれており、現実と虚構が織り交ざった物語が展開される。

物語の舞台となる明治時代は、岩井さんにとって書きやすい時代であり、現代の若い世代からすると既に遠い過去かもしれないが、岩井さんにとっては身近な時代として描かれている。

岩井志麻子さん「おんびんたれの禍夢」インタビュー 虚実が溶け合う悪夢のような明治ホラー

 岩井志麻子さんの最新作『おんびんたれの禍夢(まがゆめ)』(角川ホラー文庫)は、虚構と現実が入り混じる、悪夢のような読み味のホラー小説。デビュー作『ぼっけえ、きょうてえ』の衝撃から四半世紀、原点回帰ともいえる新たな“明治ホラー”を発表した岩井さんにインタビューしました。

――『おんびんたれの禍夢』は、デビュー作『ぼっけえ、きょうてえ』以来、岩井さんが得意としてきた明治もののホラーです。

 結局、明治が一番書きやすいんですよね。わたしらが子供の頃は、明治生まれの年寄りがまだ生きていて、腰を90度くらい曲げて近所を歩いていました。だから昔ではあるけれどそこまで大昔でもない。ぎりぎり手が届くくらいの過去という感覚があるんです。それが今の若い人たちは、昭和レトロどころか平成までレトロ扱いしているらしいじゃないですか(笑)。そういう人からしたら、明治なんては江戸時代とほぼ一緒に思えるかもしれないですね。

――物語の主人公・光金晴之介は売り出し中の小説家。岡山屈指の名家の次男でありながら、都会で自堕落な生活を送り、文壇で名をあげることを夢見ています。

 この小説の主な登場人物には、たいてい元になった人物がいるんです。名前を見たら気づくと思うんですけど、晴之介は詩人の金子光晴だし、恋人の楠子は画家の甲斐荘楠音(かいのしょう・ただおと)。シンガポールの事業家・武藤井志子や、カザフスタン出身の悪党セルゲイにも、プロフィールが重なる人物がいるんですよ。といっても史実からは、だいぶ変えていますけどね。金子光晴は岡山出身じゃないし、甲斐荘楠音はそもそも性別からして違います。実在した人物をもとに、自由にイメージを膨らませたらこうなった、という感じです。

――放蕩者の晴之介を支えるのは、同郷の恋人・楠子。晴之介は甘え上手で、なぜか憎めないタイプですね。

 生まれついてのヒモ気質。こういう人って実際おるんですよ。生活力はないのに貧乏暮らしに耐えられない、でもなぜか人に好かれて、貢いでくれる異性が寄ってくる。こういうのも金運がいいというんでしょうかね。作中の「坊ちゃんは甘えん坊の暴れん坊」という台詞は、現役のホストに教えてもらったんです。売れるホストの秘訣を聞いたら、「甘えん坊で暴れん坊ですよ」と(笑)。どっちか一方ではあかんらしい。なるほどなあと思って、晴之介のキャラクターに取り入れてみました。

――その晴之介が、世界を旅する冒険家・春日野力人から旅行記の代筆を依頼されて……というのが物語の発端です。

 春日野には菅野力夫という、明治末から昭和にかけて活躍した冒険家のイメージを借りています。自分の絵ハガキを販売して旅費を捻出するという、今でいうクラウドファンディングみたいなことを始めた人で、絵ハガキでは象と並んでいたり、中国服でポーズを取っていたりして、いかにも絵になるんですよ。ある意味、元祖インフルエンサーだし、元祖コスプレイヤーという人なんですが、死後急速に忘れられるんですね。なぜそうなったかというと、まとまった文章を残さなかったから。文章が苦手だったのか、自分を表現するのはビジュアルだと思っていたのか分かりませんけど。それでもし菅野力夫が旅行記を残していたら、というこの話を思いついたんです。