“20世紀最高のSF小説”のコミカライズに挑む漫画家、空想世界を描く試み「原作者の頭の中の映像を描きたい」

AI要約

『ソラリス』のコミカライズが始まった。漫画家の森泉岳土氏が原作を忠実に再現しつつ、レムのビジョンを描き出している。

漫画化の際、原作ファンに対する忠実な再現とは、単なるテキストの置き換えではなく、レムが描こうとした未来のイメージを漫画にすることである。

科学力や文化の違いに注意しながら、ソラリスの空気感や世界観を損なわないように描かれたコミカライズ作品である。

“20世紀最高のSF小説”のコミカライズに挑む漫画家、空想世界を描く試み「原作者の頭の中の映像を描きたい」

 初版から63年、SF史上に残る名作として知られる『ソラリス』(スタニスワフ・レム著)がコミカライズされた。描くのは、独自の画風と緻密な展開構成で無二の世界観を表現する漫画家、森泉岳土氏だ。近年、原作のメディアミックスに様々な声が寄せられている中、20世紀のSFを代表する作品として熱烈なファンも多い同作に挑んだ境地、名作コミカライズの意義とは。森泉氏に話を聞いた。

――今年7月に開設した早川書房の電子コミックサイト「ハヤコミ」にて、『ソラリス』の漫画連載が始まりました。同作のコミカライズは森泉さんの希望とうかがっています。

「レムの『ソラリス』を初めて読んだのは20代の頃だったでしょうか。今までに味わったことのない “SFってこんなことができるんだ!”という衝撃を、まるで昨日のことのようにあざやかに覚えています。『ソラリス』はもちろん人間以外とのコンタクトの物語でもあるし、愛の物語でもあるし、閉じられた空間の中で異物が現れるというゴシック・ホラーでもある。偽史であり、パロディでもあるし、多彩なジャンルを包含した、文学の香りがする作品だと思いました」

――作品に惚れ込んで漫画化を。

「ええ。そのうえで、『ソラリス』には僕が入りこめる余白まであるんですよ。「行間が空いている」といいますか、それが先ほど「文学の香り」と言ったことなんですけど、僕がコミカライズする作品を選ぶとき、そういった余白があるかどうかというのがひとつの判断基準になるんです。「入りこめる」といっても、それは脚色するとか、エピソードを加えるという意味ではなく、絵や漫画として表現する余地があるのか、ということなんですが。それで、改めて小説を読み直してみて、これは“描けるな”と思ったので、素直に『ソラリス』なら描けます、と編集者さんに伝えました。編集者さんは『ソラリス』をですか!? と驚いたようですが(笑)」

――名作のコミカライズとなると、原作ファンは「忠実な再現」を良しとする傾向にありますが、今回の漫画化に際してはどういった視点から描かれましたか。

「原作を精読し驚くほど忠実に再現しています(笑)。ただ原作に忠実、ということは一字一句を再現することではないと僕は思っています。小説には小説のアドバンテージがあり、漫画には漫画のアドバンテージがありますから。僕のいう「原作に忠実」というのは、小説のテキストを単に漫画に置き換えるのではなく、小説を書く以前にレムの頭の中にあったビジョンはこうだったのではないかと、小説をとおして読み解いて、そのビジョンを漫画というメディアに移しかえる作業なんです。言うなれば、スタニスワフ・レムがもし小説ではなく漫画でソラリスを描いていたらどうだったのかという感じでしょうか」

――原作者の頭の中の映像を描いた。

「そうですね。レムが見据えていたであろう未来のイメージをそのまま再現し、原作の持つ空気感や世界観を表現することを目指しました。一例ですが、主人公のいる宇宙ステーションにある録音機器はカセットテープなんですよ。それをICレコーダーなどに置き換えてしまうとか、あるいはコンピュータのモニターをブラウン管ではなく薄型液晶画面モニターとして描いてしまったりすると、それはもうレムの見たビジョンではないんですね。それではソラリスの歴史の改ざんというか、歴史修正になってしまいます。

なので漫画にするときも、小説で描かれている科学力で描くのが原作に対するリスペクトだと思っています。たとえば小説にはコンピュータが出てきても、『検索』という言葉は一度も出てこないんですよ。それがソラリスの未来感ですし、「やって来なかった未来」を現在の科学力や価値観で上書きしてはいけないんです」