「舟越桂 森へ行く日」(彫刻の森美術館)レポート。舟越桂が遺したもの

AI要約

神奈川・箱根の彫刻の森美術館で、今年3月に逝去した彫刻家・舟越桂の展覧会が行われている。会期は11月4日まで。

展覧会では舟越の多彩な作品世界が4つの展示室で紹介されており、アトリエの再現や人間の存在をテーマにした作品などが展示されている。

また、関連企画として彫刻の森美術館名作コレクション展も開催され、多彩な彫刻家の作品が展示されている。

「舟越桂 森へ行く日」(彫刻の森美術館)レポート。舟越桂が遺したもの

 神奈川・箱根の彫刻の森美術館で、今年3月に逝去した彫刻家・舟越桂(1951~2024)の展覧会「舟越桂 森へ行く日」が行われている。会期は11月4日まで。

 本展は、同館の開館55周年を記念し、昨年3月に舟越に依頼して企画されたもの。今年、舟越の逝去を受け、最期までこの展覧会の実現を望み励んでいた作家本人の意思と、遺族の意向を尊重して実現することとなった。

 会場は4つの展示室で構成され、それぞれが舟越の多彩な作品世界を紹介する。展示室1は「僕が気に入っている」と題し、舟越のアトリエを再現。日々の創作活動を垣間みれるデッサンやメモ、舟越が実際の制作に使っていた手製の作業台やデッサン用の一本足のイスなど、日常で愛用していたものや、アトリエに置かれていた代表作《妻の肖像》(1979-80)などが展示されている。

 その意図について、本展の担当学芸員・黒河内卓郎は次のように語っている。「展示構成について考えたときに、私たちが打ち合わせでアトリエにお邪魔した際のアトリエの雰囲気がとても良かったことを思い出した。小さな民家だが、中に入ると木の香りが漂い、舟越さんが愛用している道具やオブジェがたくさんあった。まるで子供の秘密基地のようで、とても面白かったのだ。その雰囲気を来館者にも感じていただきたい」。

 次の展示室では、「人間とは何か」をテーマに、舟越氏の人間観を反映した作品が集められている。例えば、《山と水の間に》(1998)は「人は山ほどに大きな存在なのだ」と感じた体験がもとになって生まれた彫刻。同シリーズについて黒河内はこう話している。

 「人の想像力が山よりも大きい。夏目漱石の『三四郎』で、三四郎が上京する際に『熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より頭の中のほうが広い』と語る場面を思い出した。明治時代の文学者が言ったことを、現代の彫刻家が視覚化したのがこのシリーズだ」。

 隣の小さな展示室は『おもちゃのいいわけ』のための部屋。『おもちゃのいいわけ』は、舟越が家族のためにつくったおもちゃが、姉の末盛千枝子によって1997年に出版されたもの。同書は、本展にあわせて27年ぶりに増補新版として刊行され、展示室では「木っ端の家」や「クラシックカー」といったおもちゃや、舟越が入院中に描き続けた創作のイメージデッサンや亡くなる数日前に自ら語った映像も展示。本展のハイライトのひとつとも言える。

 最後の展示室では、人間の存在をテーマにした一連の作品が紹介。イラク戦争の時期につくられた《戦争を見るスフィンクスⅡ》(2006)は、舟越の作品のなかでは珍しく、感情をあらわにするもの。なぜ人間同士が互いに攻撃することを訴えており、両性具有の身体も人間や戦争の区別を問いかけている。

 画面全体の赤色が特徴的なドローイング《DR1002》(2008)は、傷ついた人のように見えるが、苦境にあっても立ち上がる人間の姿を読みとることもできる。そのほか、東日本大震災を契機に制作された《海にとどく手》(2016)や、「海の水が自分の中に入ってくる」という思いを表現した《青い体を船がゆく》(2021)、実験的な造形を試みた《青の書》(2017)など、多様な表現を見ることができる。

 展覧会の最後、最初の展示室の反対側では、舟越の絶筆と言ってもいい、病室の窓から見える雲に触発されて描かれた「立てかけ風景画」が展示。舟越がヨーグルトのカップでつくった台に立てかけ眺めていた作品は、遺族からの指示により拡大した映像でも展示されており、森の中に浮かんでいる風景を体感してほしい。

 なお、本展の関連企画として「彫刻の森美術館名作コレクション+⾈越桂選」展も12⽉1⽇まで開催中。同館のコレクションの中から、メダルド・ロッソやボッチオーニ、荻原守衛、朝倉文夫などの近代彫刻の名品や、

ブランクーシ、ジャコメッティ、舟越保武、清水九兵衛など20世紀を代表する彫刻家の作品が展示。加えて、三⽊俊治、三沢厚彦、杉⼾洋、名和晃平、保井智貴

といった⾈越とゆかりのある現代作家の作品も紹介されており、⾈越、三沢、杉⼾と画家・⼩林正⼈の4人が共同制作した《オカピのいる場所》も特別展示されている。

 舟越の遺志を継ぎ、その作品を通じて人間の存在や日常の美しさなどを再認識する本展。生涯を通じて人間の存在を肯定し、その多様性や矛盾、孤独に目を向けて制作された様々な作品をぜひ会場で堪能してほしい。